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飽き性のわたしと育児日記

「こどもが産まれたら、自分の時間なんて全然ないんだろうな」

出産前、ずっとそう思っていました。

全然ないなんてことはないけれど、母となった今、「割とそのとおり」になっている気がします。

ただそれは、ネガティブな側面だけではありません。

私が少し離れようとしただけで、トイレでも、廊下でも、必ず追いかけてきてくれる娘。

ご飯を作る間も、ベビーゲートにちょこんとアゴを乗っけて、私のことをじーっと見つめたり、「もっとかまって」と言うように怒ったりします。

もちろん大変なのですが、全身で私を求めるその姿は、今しかない尊いもの。

つい家事や仕事を中断して抱っこしてしまうことがよくあります。

そのおかげで、娘が寝ている間に訪れる貴重な1人時間も、離乳食のストック作りや家事にあててしまったり…。

本当の意味で「自分のための時間」を過ごすのは、とても難しく感じる日々です。

自分と向き合う「書く」時間

そんな子育て中心の日々の中で、自分自身と向き合える時間の一つが、「育児日記」を書く時間です。

これも「子育てと向き合う時間」といえばそうなのですが、どちらかというと、私にとっては「自分時間」になっています。

本来とても飽き性の私が、どうして育児日記にハマったのか。
しんどい眠いと思いながらも、なぜ毎日書き続けてしまうのか。

習慣になって1年が経ったこの機会に、私が感じている「育児日記の魅力」をまとめてみたいと思います。

1.小さな発見が大きな感動になる

親なら誰しも感じていると思いますが、子どもの成長って、本当に信じられないほど早いです。

特に第一子は、親も子もはじめてだらけ。
毎日何かしらの発見があります。

たとえば、生後7日目の日記。
私は興奮気味に、こう書いていました。

「今日は、うーちゃんの鼻からはじめて鼻くそが出ました!」

ものすごくささやかで、ちょっとアホらしいですよね。
書こうと思った自分にビックリするほど、小さな発見です。

でも、いざ日記に書いてみると、「いやいや、産まれてはじめての鼻くそって尊すぎない?」と感動がマシマシになるのです。

これがまず、日記のすごいところです。

2.覚えていなくても思い出せる

この日記を書いた日は、生後7日目なので、つまりは産後7日目。
これ以上なく、心身ボロボロのときです。
体中どこもかしこも痛い。眠れてない。
頭もまったく回っていなかったと思います。

日記を書いていなかったら、娘の鼻くそにはじめて出会ったことなんて、私はきっと覚えていません。

でも書き残してさえいれば、「そうだった、そうだった!」と思い出すことができるのです。

今までの日記をたまに読み返して、一つひとつの出来事をゆっくり思い出すことは、子育てにおけるささやかな楽しみになっています。

3.今日1日をポジティブに終えられる

これが、私が育児日記を続けている1番の理由のような気がします。

出産前は、「働く」ということで何かしらの達成感や充実感を得ていました。
けれど、出産して日々が子育て一色になると

「私、子育てしかしてない気がする」

という感覚になってしまうことがありました。

でも、1日の終わりに日記を書くと
「今日ってこんなにいい1日だったんだ。」
「この子がいなかったら、こんな感動を味わうことなかったなぁ。なんて幸せなの!」
と、その日1日を肯定できるのです。

「子育てしかしてない」なんてことは決してなく、自分自身がちゃんと考えたり感じたりしながら、日々新しいことと出会っていること。

今しかないかけがえのない時間を過ごしていること。

必死なときほど忘れてしまう大切なことを、「1日の終わりに日記を書く」という時間が教えてくれます。

続けることは、意外と難しくない

こうして振り返ると、育児日記が自分の子育てに与えてくれる影響がとても大きいことを実感します。

日記を書く時間。
日記を読み返す時間。

慌ただしい日々の中で、あえてつくるこの時間が、私はとても好きです。

ここまできたら、続けられるところまで続けてみたいという気持ち。

でも、先にお伝えしたとおり、本来はかなりの飽き性です。
これまでの人生で「日記」というものには何度も挫折し続けてきて、こんなに続いていることを1番信じられないのは私自身です。

だから次回は、育児日記を続ける「小さなコツ」をまとめてみようと思います。

あくまで私にとってのコツですが、本当にちょっとした工夫で、書き続けるハードルがグンと下がりました。

続ける自信がなくて、書くきっかけを失っている誰かに届きますように。

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