見出し画像

この道を歩ける日まで

好きな散歩道がある。

まだまだ残暑が厳しい9月なかば。
うだるような暑さも、17時くらいになるとようやく終わりを見せはじめる。

“よし、いまだ”
と思い、抱っこ紐にうーちゃんを入れ、自分とうーちゃんの間に保冷剤をしのばせて、外の世界に出発する。

「子供を外気に触れさせましょう」
と母子手帳にも書いてあるけれど、0歳の子を夏に連れ出すのは本当に大変だ。

日はもう沈みはじめているけれど、外はまだ明るい。
少し心地よくなってきた風と、柔らかな西日が、うーちゃんと私に当たる。
その西日が差す方だけ、抱っこ紐の日除けのボタンを留めて、うーちゃんのキラキラした瞳をガードしながら歩く。
日除け越しにわずかに漏れる西日に、うーちゃんが時折り目を細め、この光をうーちゃんが確かに感じていることを実感する。

私たちの散歩道は、家のそばの川沿い。
この川沿いには中学校もあって、歩道は車道のように広く、綺麗に舗装されている。
こんなに近所なのに、この子が産まれて初めて見つけた道だ。

今日も、ちらほらと人が行き交う。
ジョギングする男性。
犬の散歩をするご婦人。
自転車の練習をする男の子とお父さん。

それぞれがこの道を楽しんでいる。

私たちは私たちで、静かにこの道を楽しむ。
うーちゃんはどこまで楽しんでいるか分からないけれど、私はこの時間が好きだ。

お家の中では見れないものを見て、感じてほしくて、いつも私は同じ木の下で立ち止まる。
整ったアスファルトの道に、不格好で大きな木々が数本生い茂っていて、ここだけちょっと「トトロの森」みたいなのだ。

そこで私は、まだ言葉を知らないうーちゃんに
「うーちゃん、これが木だよ。大きいね〜。」
「これが緑だよ〜。綺麗だね。」
と話しかけたりする。
反応が良いときは、抱っこ紐の中から首を伸ばして上を見上げ、そうでないときは私の声など何も届いていないような感じで、ただどこかを見つめている。

“お!今日は良い反応だ。首がビヨーンて伸びて可愛いぞ"
とか
“今日はイマイチだなぁ。おーい。今何が見えてるの?”
とか思いながら、1人で楽しんでいる。

✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

最近、早朝の散歩もはじめた。
うーちゃんと一緒に夜中に起きていると、朝早く起きるというのが身を削るほどしんどいのだけど、試しに頑張ってあさんぽ(あさのおさんぽ)してみたときの気持ち良さは想像以上だった。
そこから、クセになってしまった。

なんというか、朝がくるというよりも、朝を迎えにいく感じ。

今日も寝不足だ…と思いながら勝手に始まってしまう1日が、私の意志で始める1日になる。
そしてそのまま、私の意志で過ごす1日になるから不思議だ。

頑張って起きてもどうしてもキツイ日は、日中にうーちゃんとお昼寝するのだけど、それさえも私の意志で寝る感覚になる。

元々、「晴れているだけで幸せ!雨だとガックシ。」みたいなところがあったので、やっぱり自分は単純だなぁと思う。笑

天気はコントロールできないけれど、時間はコントロールしてみたくなる。
いっぱいいっぱいだった子育ても、少し気持ちに余裕が出てきた証かもしれない。


✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎

朝はキラキラした朝日を、夕方は穏やかな西日を浴び、川の水面と揺れる木々を眺めるという毎日を送っていると、季節が少しずつ変わっていることに気づく。

日々を重ねたくましく生きているうーちゃんは、確実に大きくなっている。

うーちゃんの体温を感じながら、私は人がいない隙を見計らって、小さな声で歌を歌う。
それまでポーッとどこかを見ていたうーちゃんが、私の歌声に反応して、クリクリした目で下から見つめてくる。
それだけで、なんだかもう十分な気持ちになる。

この道をこうして歩けるのはいつまでだろう。

そんなことをふと思い、うーちゃんの感触も、風も、空気も、景色も、全部味わい尽くそうと自分の感覚を研ぎ澄ませる。

うーちゃんがよく動くようになり、今住んでいる部屋が手狭になってきたので、そう遠くないうちにこの街から引っ越すかもしれない。
そうしたら、当たり前のように歩いていたこの道も、わざわざ来ないと歩けない道になる。

それはやっぱり、少し寂しい。

けれど、寂しいのは決して悪いことじゃない。

寂しさで胸がキュッとなるくらい大切なものがあるというのは、とても幸せなことだ。
だから私は、その寂しさごと覚えておきたい。
この散歩道はきっと、私の記憶にいつまでも残り、いつかふとした瞬間にそっと引き出される。そしてそのときには、新しくできた大切なものがたくさん増えているはずだ。

すさまじいスピードで進化していくうーちゃんを見ていると、私も変わっていくことを嘆きたくはないなぁと思う。
散歩道が変わっても、新しい道で違う楽しみを見つけたいし、私だけが歩く道も見つけていきたい。

今は、この道をちゃんと味わう。
そういえば、トトロの木の緑に少し黄色が混じってきていた。
うーちゃんにとってはじめての秋は、すぐそこまできている。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?