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散々迷って辿りついた文章を書くことの意味

2021年5月26日(水)

スパームーン

ウエサク満月

皆既月食

もうすぐ満月を迎える。


なんだかとてもパワフルな今日、
久しぶりにアメブロの投稿をした。

そろそろ再開したい、と考えていたのだが、
アメブロに流れているエネルギーの騒がしさが、
今のわたしには少し体がキュッとなるから
少し距離を置いていた。

もう少し静かな場所で表現がしたい。
そんなことに気がついたからこそ、
noteを書き始めたのだな、とも思う。

わたしの体の中の
癌細胞の存在に気がついてからは特に、
そのことを書かずにいられなくて
パソコンに向かう日々。

あの時に
ここnoteで表現させてもらうことで、
わたしはどれだけ救われたんだろう。。。

あの時の繊細なわたしには、
ここがどうしても必要だった。

ここだったからこそ、表現できたのだ。


場、と言うエネルギーの大切さに
今改めて気づいている。


その時の自分に相応しい場、
というものがあるのだろう。


場には
提供している側の大切にしたいこと、
目的、みたいなものが表現されているのだと
感じている。


そして、その提供された大きな器の中で、
わたしのようなユーザーがこれまた各々、
自分の表現をして、発信している。


なんと豊かなことだろう。


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小学生の時、書いた作文を褒められ、
全校生徒の前で読んだことがある。

そんなことになるなんて思ってもいないで、
ただ表現したことが、
初めて人の目に触れた瞬間だった。

わたしはそんな自分のことを
誇らしいと思うよりも、恥ずかしい、
と思う気もちの方が強かった。


わたしの文章の何が
そんなに素晴らしいのかわからなかったし、
その時書いたのは両親のことだったと思うが、
自分の両親のことが皆に知られるのと、
その両親に対して自分が抱いている感情を
知られるのがものすごく恥ずかしかったのだ。


そんなもの、
自宅で全裸でくつろいでいるところに
いきなり人が押しかけてくるみたいなのと
おなじ感覚だ。

勝手に見ないでほしい。
一人でくつろいでいるんだから。

安心な領域が侵されたような。


それでもわたしは文章を書くことを
やめなかった。

高校生の時に勉強の苦手なわたしの
進学したいという思いを知って
担任の先生が勧めてくれたのは
「自己推薦」という受験方法だった。

試験内容は作文と面接だけ。

その後、わたしが就いた仕事のほとんどが
作文と面接で採用されてきた。

なんの知識もないけれど、
これまでなんとかやってこられたのは、
作文と面接のおかげだ。


今振り返ってみて、
わたしの人生において、
文章を書くと言うことがこれほどまでに
重要だったなんて
全く気がついていなかった
ということに気づいた。

昔、学校の先生に
作家さんが向いている、と言われて
「 ? 何言ってるの?」
と思っていたことを思い出した。

本を書くなんてわたしがすることではない、
わたしにそんな能力はない、
と思っていたし、
特に興味がないと言うのが正直なところだった。

今でもわたしは
作家を目指しているわけではない。

ただ、今ここ(胸)にあることを書きたい
それだけだ。

書くことが楽しいし、
書くことがわたしを深めたり、
癒したりしてくれるのだ。

書いているとあっという間に時間が経つ。

今も部屋がどんどん暗くなっていくなかで
パソコンに向かっている。


今わたしは、好んで表現して、
そんなところまで書く必要があるのか?と
もう一人の自分が訊ねてくるほどの内容を
書いて発信している(発信しようとしている)。

それこそ街中を
すっぽんぽんで歩いているようなものだ。

(余談だが、30代になるくらいまで、わたしは街中ですっぽんぽんで歩いている夢を何度も繰り返し見た。普通に歩いていて、ハタと自分の姿を見たら素っ裸で、真っ青になる。恥ずかしくて持っていた鞄で上半身を隠し、いろんなものに隠れながら家に帰る、という夢。上半身の前だけ隠したって、後ろ側や下半身は丸見えなわけで、、恥ずかしくて仕方ない。人目を気にして電柱に隠れながら人がいない隙にだーーーっと走って、また隠れて、、、起きるとなんだかぐったり疲れていたっけ)


実際に街の中をすっぽんぽんで歩くなんて、
今のわたしはしない。

それでも、そう感じるようなことを
文章では表現したいと望んでいる。

とにかく下手でもなんでもいいから、
内なる衝動を文章という形にして
出さずにはいられないのだ。
それが全裸で歩くのと
同じくらいのことだったとしても。


正直なところすっぽんぽんは怖い。
身を守るものを
何も身につけていないんだから。

無防備すぎる。

転んだり、何かにぶつかったり、
上から物が落ちてきたりしたら
すぐに傷だらけになってしまう。

それに何より恥ずかしい。

すっぽんぽんって恥ずかしい。

わたしはそれほど自分に
自信があるわけでもないから。

それでも、
自分の望むことをやらせあげると決めたのだ。

たとえそれが誰のためにもならなくても。
自分のために、それをするのだ。


それは魂の望みだ。


中学生の頃には、
自分の内なる想いを全部
日記に書いていた。

大学ノートに書き綴った日記は
数十冊にもなっていて、
結婚する時に段ボールに入れて持っていった。

その後もノートは増えたが、
離婚して家を出るときに、
その全てのノートを破り捨てた。

なんというか、身軽になりたかったのだ。

過去の恋愛やらなんやらにまみれた
そのノート。

それを破り捨てることでわたしは
過去から自由になりたかったのかもしれない。


心のままに書いていたら、
自分が何を書きたかったのか
わからなくなってしまった。
そんなことは話していてもよく起こる。

通り過ぎたものは
追いかけてまた見つかることもあるが、
すぐには見つからないこともある。

それでも自分を信頼してそのままにしていたら
然るべき時にそれは帰ってくるものでもある、
と言うことを教えてくれたのは、
魂うた®︎の師匠 本郷綜海さんだ。

綜海さんはこう表現する。

「わからないことにリラックスして
信頼していてください」と。


目から鱗だ。


わたしはいつだって何も知らないくせに、
「わかっている」人でなければならないと
勝手に思い込んでいた。

だから「わからない」ことが起きると、
焦ってなんとかしなければ!
と躍起になっていたし、
そもそもわたしが「わからない」ことは
誰にもバレてはならない、と思っていた。

なのに!なのに!

自分が「わからない」ということを認めて、
その上でリラックスしているだなんて・・・!

ホ? ドウユイミデスカ? だった。


それでも綜海さんは、
「魂と繋がる歌の唄い方®︎
ファシリテーター養成コース」で
その在り方を何度も何度も
私たち弟子たちに見せてくれた。

わたしはその姿に魅せられた。


それは自分を信頼するとともに、
この世界をも信頼することなのだ、
と感じた。

うつくしくやさしい世界がそこにあった。

いや、
わたしがその世界を見ていなかっただけで、
ソレはいつだってそこに在ったのだ。

そんなことを知る機会が与えられても、
わたしはソレを信頼し切ることができなかった。

だからきっと、
どこかで本当のわたしを見せることを
躊躇していたのだろう。


でもここにきて、
何が起ころうとも、
わたしはわたしを表現するのだ、という
内なる声がどんどん大きくなってきていて
無視できなくなってきた。

もうこれは表現させてあげるしかない。

怖くてもやろう。

そうだそうしよう。


そうして今日に至る。


自分にとって書くことが
とても大切だって知っているのに、
その時間を取ることをついつい
後回しにしてきたここ数年。


もう自分を裏切るのはやめよう。

わたしの魂の望みを生きるのだ。


今日もここにきてくださって
ありがとう。

この場に出逢わせてくれて
ありがとう。


感謝とともに。


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