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【小説】人欲(1/10)

 探しているものがある。いつから探し始めたのかはわからない。あのときかも知れないし、それよりずっと前かもしれない。それはあまりにも漠然としていて、頭に描くことはできない。もとより、文字にすることも。

 わたしは快楽の奴隷になり、余計な想像から切り離され、夢のようにすべてが曖昧になる。彷徨い続けて伸ばした手の先にあった感触が、現実に引き戻してくれた。

 いつも、他人の体の上を深く泳ぐ。きょうの相手は「ルカ 二十三歳」。存在感のほとんどない毛穴、きめ細かい肌の奥底。身体のひとつひとつを点検するように指先で彼女のすべてをなぞる。拒絶されるのが少しこわいけれど、お金を払っているから大丈夫だと自分に言い聞かせる。そんなものが彼女のやっていることに対しての「等価」と言っていいかは疑問だけども。

 残された時間の少なさからそろそろ終わらせようと彼女の赤い部分と、とわたしの赤い部分を熱烈にこすり合わせた。絶頂を迎えたとき、やっぱりきょうも見つからなかったなと深く息をつく。交ざりあっても混ざりあうことのない色。だけど、この高揚感は何にも代え難い。

 たとえ、何にもならないとしても。

 いつも、魔法が解けるのは、行為の前にお金を渡す瞬間じゃなくて、わたしが改札を通って、ばれないように振り返ったとき、相手が駅に背中を見た瞬間。この子にも「日常」があって、帰るところがある。そんな当たり前のことに気が付くと同時に、体の上から下まで一気に瞬間冷却される。罪悪感の温度だ。向こうは、こちらがこんなナーバスな感情を抱いていることなんて知らず、仕事のひとつとして処理するだろうけれど、それでも嫌なものは嫌なはずだ。わたしだって同僚や取引先に嫌味を言われた日は靴の裏についたガムがついたときと同じくらい憂鬱になる。剥がすのも気づかないふりをするのも、簡単に忘れることもできない。彼女だって身体を使って仕事をしているんだ、何も考えないわけないだろう。

 向こうがNGリストに入れなかったとしても、わたしのほうからNGリストに入れる。あの子とするのはもうやめよう。入れ替わりの激しい業界ではあるが、この調子で行くとこの世のレズビアン風俗嬢の誰とも触れ合えなくなってしまう気がする。

 わたしもわたしで日常に戻る。東京都品川区大崎のマンションの四階、一LDK。室内温度二十三度の部屋で、冷え切ったこころはずっと冷たいまま。こんな気持ちになるのならもうやめたほうがいいと脳のどこかが推奨してくるが、やめたいとは思えない。

 お金を出して彼女らの優位に立ってやろうとかそういう気持ちは一切ない。わたしはただ、見つけたいだけだ。わたしが探している何かを。

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