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與立與権...「心を同じくして 物事に応じて 正しく判断して 進むことは難しい」

與(とも)に立つべし、未だ與(とも)に權(はか)るべからず。
(子罕第九、仮名論語一二五頁)
先師が言われた。「一緒に立つことはできても、心を同じくして物事に応じて正しく判断して進むことは難しい」

昨年、知人からある方に「論語は生活に役立ちますか」と質問してもらいたいと言われた。
答えが正しいかどうか確認して欲しいと言うのである。

その方は、ほんの一、二秒の間をおいて、
「論語は中国の哲学者である孔子やその弟子たちの言行録である」
と前置きして語りだした。

「己所不欲、勿施於人」
「三人行必有我師焉」
「吾日三省吾身」

この三章句を挙げ、人への思いやり、人からの学び、自己反省して改善することは現代においても重要であり、論語には役立つ教訓が多く含まれると答えた。

「ただし、論語は文化的背景が異なるため、そのまま現代に適用することができない場合もあります」と念を押した。

驚いた。全くよどみがない。
漢文原文までも書いてきた。
この間わずか一分。
教訓だけでなく、ただし書きまで添えてきた。

果たして、自分なら瞬時にここまで答えられるであろうか。

…不可能。

驚異は回答の早さだけではない。

回答内容の進化である。
実は、同期の知人が、私より十日前に質問した時の回答を事前に目にしていた。
その時は、「論語は、生活に役立つことができる古代中国の哲学書です」と始まり、
「一、道徳的な指針」
「二、行動の指針」
「三、教育の価値」
「四、深い洞察」
が役立つ可能性がある理由です
と、箇条書きで答えていた。

取り上げた章句も二章句で、書き下し文がまずく、どの章句を引用したのか直ぐには分からない程度であった。
しかし、その方は同じ質問を二度受けたことで、初回の曖昧さを訂正し、原文と現代語訳を併記して分かりやすく進化させてきた。

このある方とは、今話題の対話型生成人工知能(AI)「チャットGPT」である。

一昨年の十一月に無料公開され、わずか二ヶ月で世界の利用者が一億人を超えたとされる。
開発した米オープンAI社の最高経営責任者サム・アルトマン氏は、
「公開して世界中の人々と欠陥を見つけ、修正する。影響が大きくなり過ぎないうちに改良を急ぎたい」と語る。

アルトマン氏自ら、テクノロジー業界トップやAI研究者らと共に五月三十日、共同声明「AIによる人類絶滅のリスクは核戦争に匹敵する」に署名している。

チャットGPTは、インターネット上の膨大なテキストデータで学習をする。
人類がこれまで積み上げてきたデータには、多くの偏見や差別、事実誤認や偽情報、悪意ある技術情報も含まれる。
従って必ずしも万全を期した回答とはならない。

共同声明をまとめた団体は、重要な判断を機械に託すようになると、人間は知識や技能を得る動機が減り、いずれ人類は衰え、自治能力を失う恐れがあると警告する。

孔子が言われたように「與(とも)に共に学ぶべし、與に道に適(ゆ)くべし、與に立つべし」としても、「未だ與に権(はか)るべからず」(子罕篇)である。

AIを大いに活用しても、最終の判断まで委ねてはいけない。

判断は人間の領域である。

與に権りAIに判断を仰ぐようになっては、それこそAIが人類を凌駕する時期を早めるだけであろうし、人類はしだいに退化してしまうであろう。


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