第十話 列車攻防戦
当時のモロッコはまだ日本人には余り馴染みの無い国で、日本人旅行者と出会う事は殆ど無かった。出会うのはバイクやリヤカー、バスなどでアフリカ一周してるなどの屈強なバックパッカー達くらい。
自称ガイドはこの後の時代に政府から禁止されたので全く別の国へと変貌を遂げたが、この時はまだ全然旅がし難い、でも旅人には自分の実力を試す楽しい時代だったと思う。
四年くらい前にモロッコに行った時はトラブルらしいトラブルも無く、また旅も快適で、ここまで国は変わる物なのかと、衝撃だった。
さて、今回はモロッコ・タンジェを脱出し、列車へと乗り込んだところの話しから書いていこうと思います。
ヨーロッパの鉄道をだいぶ古い型にしたようなモロッコの列車。コンパートメントは三人掛/対面向かい合わせ六人、一室。
扉を開け、中に入り込む。
中には歳は二十歳くらいで、金髪・緑色の目をした青年が一人。黒人のおばちゃん二人(髪の巻き方から、顔つきまでそれぞれ、たぶん人種も部族も違う)。
それから新聞を広げている中年のオジサン一人。サングラスをし、外の景色を眺めるオジサン一人の計五人。こんなメンバーが乗っていました。
挨拶をし、空いているか確認し、座席を確保。いや〜、濃い、濃過ぎる、空気が。(順番は進行方向側の座席奥から、黒人のおばさん二人、手前通路側に僕、対面座席には奥から、サングラスのオジサン、新聞を読むオジサン、青年)
黒人のおばちゃん達は大きな声で喋りまくる。一体何をしゃべっているのだろう?止まらない会話。大笑いしている。どの辺りに笑いのツボがあるのか、聞いてみたい。
オジサンが新聞を読み終り、新聞を膝の上に乗せると、今度は隣のオジサンが勝手に取って読み始める。
それは、あり?
どうも、これからもこういった光景は見掛ける事が多かったのですが、結構この手の事は当たり前のようです。良い習慣ですよね。
そして僕はというと、向かいに座っている青年と話す事となった。しかし言葉が分らない。相手はスペイン語とフランス語、アラビア語のモロッコ方言を使う。どれも殆どダメな僕は、身振り手振りを交えながら、会話を成り立たせる。
その中から分った事はというと_。
「君はまず、アラビア語かフランス語を習得しなくてはならない」(分りました)
「僕はスペインで働いていて、一時、里帰りでモロッコに戻ってきている」(なるほど)
「僕はスペイン人は大嫌い」
(僕も大嫌い(嘘))
「僕はモロッコでは有名な俳優」
(…)
などなど。
最後のひとつは解せなかったのですが、どうやら彼は「いいやつ」らしい。
彼を3%くらいだけ信用し、モロッコについての話を聞き始めました。
そこから先ずは最初の人間関係を築いた僕は、少し安心し、二人の世界に入り込む黒人のおばちゃん以外、モロッカンのオジサン二人とも話し始めたのでした。すっかり打ち解け、食べ物を分け合い、話しのはずむ僕達。
やっとモロッコという国が、身体に浸透してきたような感じでした。
暫くし、黒人のおばちゃんと、二人のオジサンが外に出て行く。コンパートメントには僕とその青年とだけになりました。すると待ち構えていたのか、外に居たいかにも怪しい男が僕に話し掛けてくる。
「お前、日本人か?」
「どこまで行く?この国は一人では危ないから、街では俺がガイドをしてやる」と。
「いや、僕はシノワ(中国人)だよ。
ここでは働きにきているからガイドはいらない」さっきまで、日本の東京から旅行で来ていると話ていたのに、しれっと嘘をつきました。
奴も
「それは嘘だろう?だったら俺は中国語が分るし、中国語で話そう」
とニヤニヤしながら言ってきたのです。
ここで引き下がるわけにはいかない!
僕は知っているめちゃくちゃな中国語を並べました「恭喜発財・東南西北……!!」
あたかも彼に語りかけているようにゼスチャーも交えながら。たじろぐ彼。
(ここで一気に詰めてやる!)
更に僕は、「こんな事も分からないの?」というゼスチャーをし(また適当な中国語風の言葉をしゃべりながら)、首を横にふり、非常にがっかりした様子を見せる。すると彼は去っていったのです。
これでやっと、アウェイの地モロッコで、貴重な勝利をもぎ取ったのです。(勝ち点3)
しかしそんな事はまだまだ序の口。それだけでは終わらなかったのです。
列車に乗って一時間ほど。途中から同じコンパートメントに来て、話してきた青年が居たのですが、その彼が突然「フェズはここだ!早く降りないと!」「ほら、早く、出発してしまうよ!荷物を持って!」と言うのです。
(おかしいな?確かフェズは終着駅で、それに時間ももっとかかるはず。いや、でも彼は真剣だし。。)
迷った僕は、一番初めから一緒に乗っていた青年に目で対応を仰ぐ。
彼は目で「違う」と合図する。
やはりか。
今度はこんな手段で、僕を列車から降ろそうとしていたのです。
実はこれ、帰国してから知った事なんですが、「アシラ」という駅で途中下車させるというもので、ここで降ろしてしまえばあちらのもの。色々な手段で金を「ふんだくる」という詐欺なのです。この方法で沢山の旅行者達が騙されていたところだったのです。
僕はこれも何とかクリアー。
しかし、その後も、何人もの人間が色々な方法で騙そうとしてきました。が、僕も最初はその度に間に受け驚いてましたが、流石に途中から慣れてきてしまい、適当に「あしらい」始めたのです。
しかし、最後の極めつけは別格でした。
今度は体格の良い黒人の男性が一人入ってくる
「どれがお前の荷物だ?」
僕と青年に聞く。
「俺はこれで、彼のはこれ。」
と僕ら。
「じゃあ、これは誰のだ?お前か?友達のか?」
別の人の荷物を指差す。
「いや、違うよ」
そう伝えると、彼はいきなり大きなナイフを取り出し、その荷物を引き裂き始めたのです。
テキパキと鼻歌交じりに仕事をこなす彼(こんな時にもリズム取ってるんだね)。
目当ての物を見つけると一言、
「じゃあな。」と言い残し、何事もなかったかのように去っていきました。
目が点になる僕。「あ〜あ」という表情の彼。
これは流石に想定外だよ…。
返ってきたおばちゃんが荷物が切られて中身がないと騒いでいる。彼が事の詳細を説明してるが、おばちゃん達の声は大きくなる一方。
それでも何事も無かったように、更に列車は進む。
すると窓から見える景色は、なんか「NHKの番組」とかで出てくるような、乾燥平原・砂漠のような景色になってきたのです。
「これは、マジでヤバくね?」
僕はテレビの中で見ていたような景色の場所に自分が来てしまったという事に、素直に驚いていました。
そして列車もいよいよフェズへ。青年はウチに泊まれば良いよ言ってくれましたが、僕はそれを丁寧に断り(未だ、すべてが本当に信頼出来ず)、一人、フェズの旧市街へと向かったのです。
この国に馴染んできているのか、それともまだまだ予想を越える波乱はあるのか?不安ながらも「やってやる」という気持ちが出てきた僕は、フェズで色々な連中とやり合い、基本的には負け越しての数日間の滞在を終えて、そしてその先、ヒッピーの聖地、「マラケシュ」の「ジ・マエル・フナ広場」を目指したのでした
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