わたしたちの結婚#30/美味しい食事とサプライズ
私が大浴場から戻ると、ちょうどよい時間だったので、夕食会場に向かうことにした。
夕食会場は半個室の和室で、ゆったりとくつろげる空間だった。
和食の懐石料理に舌鼓を打つ。
見た目にも美しく、薄味だけれどお出汁をしっかり感じられる繊細なお料理で、心と身体が満ち足りていくのを感じた。
温泉に入ってさっぱりした身体で食べるお料理は、なんて美味しいのだろう。
私と夫は、交互に美味しいと言い合ったり、今日の旅の感想を伝えあったりした。
「晴れてよかったね」
「ほんとに」
「あのお土産屋さんのところの足湯、気持ち良かったね」
「そうだね」
たわいもない会話だけれど、旅の思い出は、私たちの食事をより鮮やかに彩ってくれる。
婚活で出会ったばかりの頃は、お互いの過去や、趣味、境遇についての話が多かったから、こうして、共通の思い出をふたりで語り合えることが嬉しかった。
お互いの思い出の中に、お互いが存在している時間が、確実に積み上がっていることを実感した。
*
部屋に戻ると、中居さんが布団を敷いてくれていた。
奥に引っ込んだテーブルの上に、一際華やかな赤い花束が置いてあった。
真紅のバラの花束だった。
その隣に、キラキラと輝くダイヤモンドのリングがそっと置かれていた。
私はびっくりして、夫を見上げた。
「遅くなってしまったけれど、やっと出来上がったんだ」
夫は指輪を手に取り、私の左手の薬指にそっとはめた。
婚約指輪のことをすっかり忘れていた私は、とびきり驚いて、左手の薬指で輝くダイヤモンドをまじまじと見つめた。
指輪は、美しかった。
見惚れるほどに、美しかった。
「はい、これも持って」
夫が私にバラの花束を手渡す。
スマホを向けて、私の写真を撮る。
「うーん、浴衣姿とバラとダイヤモンドか。なんだかちぐはぐだな」
夫は可笑しそうに笑いながら、私の写真を何枚も撮った。
ドラマのワンシーンみたいな、そんな温かな時間が、とても嬉しかった。
誰よりも私を主役にしてくれる夫の優しさが、幸せだった。
「こんなの初めて」
感動して言葉が出ない私がなんとか絞り出した台詞に、夫はおどけて答える。
「初めてじゃないと困るな」
ニヤリと笑いながら、はしゃぐ私を嬉しそうに見ていた。
改めてダイヤモンドを見つめる。
買ってもらった時は、その決断に少し怖気付いていて、上手くいかなかったら返金しようとまで考えていた。
その不安は、彼でいいのかということでは決してなくて。
私に結婚が背負えるかという、私にその覚悟があるのかという、自分自身への自信のなさからくるものだった。
けれど、婚約指輪を選んでから、手渡されるまでのこのひと月で、私は私の結婚を随分受け入れていることに気付いた。
なめらかなカーブを描いたプラチナのリングの上で、内側からエネルギーを放つように輝くダイヤモンド。
「特別」という言葉がこんなにも似合う輝きは他にないと、見る者を納得させる美しさがそこにあった。
「ありがとう」
心を込めてそう言った。
夫は満足そうに頷いた。
私を喜ばせたいと思ってくれる人がいる。
そのことが、どれほどかけがえのないことで、どれほど自分に勇気を与えてくれるか。
誰かが味方してくれることは、決して当たり前じゃない。
そのことを理解できる私になってから、夫と出会えてよかったと思った。
笑顔で話していたのに、幸せを噛み締めていたら自然と頬を涙がつたった。
「え?今?」
時間差の涙に夫が驚く。
「えへへ」
言葉が見つからなくて、笑ってごまかす。
溢れた涙の温かさを皮膚から感じる。
嬉しくて、嬉しくて、嬉しかった。
ロン204.
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