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わたしたちの結婚#30/美味しい食事とサプライズ


私が大浴場から戻ると、ちょうどよい時間だったので、夕食会場に向かうことにした。

夕食会場は半個室の和室で、ゆったりとくつろげる空間だった。

和食の懐石料理に舌鼓を打つ。

見た目にも美しく、薄味だけれどお出汁をしっかり感じられる繊細なお料理で、心と身体が満ち足りていくのを感じた。

温泉に入ってさっぱりした身体で食べるお料理は、なんて美味しいのだろう。

私と夫は、交互に美味しいと言い合ったり、今日の旅の感想を伝えあったりした。

「晴れてよかったね」
「ほんとに」

「あのお土産屋さんのところの足湯、気持ち良かったね」
「そうだね」

たわいもない会話だけれど、旅の思い出は、私たちの食事をより鮮やかに彩ってくれる。


婚活で出会ったばかりの頃は、お互いの過去や、趣味、境遇についての話が多かったから、こうして、共通の思い出をふたりで語り合えることが嬉しかった。

お互いの思い出の中に、お互いが存在している時間が、確実に積み上がっていることを実感した。



部屋に戻ると、中居さんが布団を敷いてくれていた。

奥に引っ込んだテーブルの上に、一際華やかな赤い花束が置いてあった。

真紅のバラの花束だった。

その隣に、キラキラと輝くダイヤモンドのリングがそっと置かれていた。

私はびっくりして、夫を見上げた。

「遅くなってしまったけれど、やっと出来上がったんだ」

夫は指輪を手に取り、私の左手の薬指にそっとはめた。

婚約指輪のことをすっかり忘れていた私は、とびきり驚いて、左手の薬指で輝くダイヤモンドをまじまじと見つめた。

指輪は、美しかった。
見惚れるほどに、美しかった。

「はい、これも持って」

夫が私にバラの花束を手渡す。

スマホを向けて、私の写真を撮る。

「うーん、浴衣姿とバラとダイヤモンドか。なんだかちぐはぐだな」
夫は可笑しそうに笑いながら、私の写真を何枚も撮った。

ドラマのワンシーンみたいな、そんな温かな時間が、とても嬉しかった。

誰よりも私を主役にしてくれる夫の優しさが、幸せだった。

「こんなの初めて」

感動して言葉が出ない私がなんとか絞り出した台詞に、夫はおどけて答える。

「初めてじゃないと困るな」

ニヤリと笑いながら、はしゃぐ私を嬉しそうに見ていた。


改めてダイヤモンドを見つめる。

買ってもらった時は、その決断に少し怖気付いていて、上手くいかなかったら返金しようとまで考えていた。

その不安は、彼でいいのかということでは決してなくて。

私に結婚が背負えるかという、私にその覚悟があるのかという、自分自身への自信のなさからくるものだった。

けれど、婚約指輪を選んでから、手渡されるまでのこのひと月で、私は私の結婚を随分受け入れていることに気付いた。

なめらかなカーブを描いたプラチナのリングの上で、内側からエネルギーを放つように輝くダイヤモンド。

「特別」という言葉がこんなにも似合う輝きは他にないと、見る者を納得させる美しさがそこにあった。


「ありがとう」

心を込めてそう言った。
夫は満足そうに頷いた。


私を喜ばせたいと思ってくれる人がいる。

そのことが、どれほどかけがえのないことで、どれほど自分に勇気を与えてくれるか。

誰かが味方してくれることは、決して当たり前じゃない。

そのことを理解できる私になってから、夫と出会えてよかったと思った。



笑顔で話していたのに、幸せを噛み締めていたら自然と頬を涙がつたった。

「え?今?」

時間差の涙に夫が驚く。

「えへへ」

言葉が見つからなくて、笑ってごまかす。

溢れた涙の温かさを皮膚から感じる。

嬉しくて、嬉しくて、嬉しかった。




ロン204.

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