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わたしたちの結婚#27/ドライブ、そして大自然のレストラン



何を着て行こう。
クローゼットを開けて、ふむ、と悩む。

これまでファッションに関心を寄せてこなかった私にとって、デートでの服装は毎回私を悩ませた。

「どうして暗い色の服ばかり着るの?」

明るい色の服を着て欲しいと指摘した夫の拗ねたような表情を思い出す。


黒、グレー、ネイビー。
これが私のワードローブで、肩が凝らないことと、仕事でも週末でも使いまわせる無難なデザインであることが条件だった。


試しに明るい色を着てみようと、ユニクロのワゴンセールで500円で買ったピンクのシャツに、白いブルゾンを羽織り、白いプリーツスカートを合わせてみた。

垢抜けているとは言い難いけれど、500円で手に入れた明るい雰囲気に満足し、私はそのセットをナイロン地のボストンバッグに詰め込んだ。

初日は、お気に入りのグレーのセットアップにした。暗めの色使いだったけれど、私にとってのお気に入りであり、貴重な一張羅だったので、白いブルゾンを羽織ることと、明るいスカーフを巻くことで許してもらうことにした。

誰かの好みに合わせて着るものを変えたことなんてなかったから、そんな自分が新鮮だった。


泊まる旅館のアメニティや設備を確認しながら、ヘアアイロンを持って行こうとか、ドライヤーは据え置きのものでいいか、とか考える。

こんなにも旅行を楽しみにしたのは、何年ぶりだろう。小学生の遠足みたいに、持ち物を何度もチェックした。


*

旅の初日、朝早く夫は私の家に迎えに来てくれた。

鞄をトランクに詰め込んで、いつもの助手席に座る。
乗り慣れた助手席だけど、その日はなんだかいつもよりずっと特別な感じがした。
ふたりで遠くへ旅に出る。
それだけのことが、こんなにも胸を高鳴らせるなんて。
ふたりで微笑みあって、前日よく眠れたか確認したら、夫は静かにアクセルを踏んだ。


早朝の高速道路は空いていて、軽快だった。
青い空と、緑の山々。
新緑の季節が、私たちを迎えてくれていた。

夫の隣は緊張しない。
一生懸命話題を探す必要がないのに、不思議とずっと喋っていられる。

夫は私の言葉を決して否定せず、私の質問に気を悪くした素振りをすることもなかった。
疑問に思ったことは素直な言葉で聞き返してくれて、そこに非難の色は全くない。

結構な年下の私を、年下扱いすることもない。
対等な人間として扱ってくれる。

時折り私が、すごいね、と褒めると、
「年を重ねた分だけ、経験しているからね」と謙遜するときだけ、彼は年齢差を理由にする。

出来た人だな、と素直に思う。
こんなに心地の良い人は、なかなかいない。


快晴のドライブ。
とても心地良い時間。
ドライブが好きなんじゃない。

私は、この人といることが好きなんだ。


そんなことを確認しながら旅路を進んだ。


高速を降りて、山道を登った先に、こぢんまりしたロッジがあった。そこはお洒落なフレンチレストランだった。

大きな窓から、自然の風景が見えて、まるで印象派の絵画のようだった。

「素敵」

口から小さく溢れた感想に、夫は満足気に微笑んだ。

「こういうところ、好きだと思って」

私は大げさに頷いて、シェフが引いてくれた椅子に腰掛けた。


大きな白いお皿の真ん中に、ナフキンがセットしてある。

いつも、このナフキンを膝の上に置くタイミングがわからない。
席に着いてすぐなのか、オーダーしてからなのか。

完璧に整って美しいテーブルセットを崩したくなくて、私はいつもギリギリまでナフキンをそのままにしてしまうのだ。

夫がナフキンを膝にかけるのをみて、私もそっと真似をした。

「お料理はご予約いただきましたコースのお料理をご準備しますので、まずはお飲み物をお伺いします」

シェフの奥様が、恭しくオーダーを受けに来てくれた。

私たちはノンアルコールのスパークリングワインをグラスで注文し、乾杯した。

山の中のレストランらしい、地元の食材をふんだんに使ったコースのランチは、気取らないけれど洗練された味で、私たちの旅を彩ってくれた。

「美味しい」

私は微笑んだ。
嬉しそうに夫も頷く。

夫と食べる食事は、いつだって美味しい。

夫が私のことを一番に考えてお店を選んでくれていること、私の食べるペースに合わせてくれること、私のお喋りを受け入れてくれること。

それら全てがこの食事を美味しくしてくれていた。


こんなにも愛おしい人が、そばにいてくれる幸福で全身が満たされていた。

今、微笑み合えるこの時間が、奇跡だと思った。

この奇跡を、一生大切にしようと思った。



ロン204.


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