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サトウトシキ「さすらいのボンボンキャンディ」

渋谷ユーロスペースで、サトウトシキ「さすらいのボンボンキャンディ」 原作は延江浩。 脚本は十城義弘と竹浪春花の共同。     

夫が海外に単身赴任、何となく野球場で弁当食べながら焼酎を飲んでいた34歳の退屈な人妻(影山祐子)が、斜め後方の座席に座っていた48歳の男(原田喧太)酒の肴にカツオのたたきを勧められ、家に送るとタンデムされて恋に落ちた、抑えきれないリビドーが人妻に見させた儚い白日夢に引き込まれる快作。

とにかくヒロインの34歳人妻を演じる影山祐子が魅力的。彼女の前には独特の存在感を漂わせる原田喧太も引き立て役に終始する。フワフワとボンボンキャンディのように都会の雑踏の中を浮遊する名も知らぬ誰でもない女・祐子の魅力を2時間弱、体感したい。

公開間もない作品なのでネタバレは避けたいのだが、同時に観る人によって受け止め方が万華鏡のようにクルクル変わる作品だから、観終わった感想を率直に書きたい。少なくとも、年齢・性別・既婚か未婚かによって作品の印象は全然違うものになると想像。

自己紹介すると私はアラフィフの既婚者、男性である。祐子の言葉を借りれば「とっくに終わってる」男性であります(笑)そんな私に言わせれば愛妻一筋ここまで人生送って来た自分も「もし他の女性と何かあったら」白日夢くらい見てもいいじゃないですかw

私が思うに、この作品は祐子が都会の片隅でフッと眠くなって居眠りしてしまい、野球場にワープしてイケメンのダンディな男性と知り合って恋に落ちて、でもダブル不倫恋愛はそんな上手く行く訳もなくて、( ゚Д゚)と目が覚めて現実に戻るアラビアンナイト。

人生経験の積み方と、この映画を観始めてどの段階までこれが夢想じゃなくて現実のことと思い続けるかは比例してるんじゃないかと思う。祐子も喧太もこの世の人じゃない程に性に奔放で自分勝手に振舞うけど、これってパラレルワールドでしかないのよね。

人妻の祐子は夫がベトナムに単身赴任して暇でやりたいこともできることも、もう無いと思ってる。これからも私はずっと夫を待つだけの人妻なのだろうか?それが48歳のイケメンダンディ中年の原田に出会って劇的に性のリビドーが解放されてしまう。

120分弱の祐子の一人芝居的に紡がれる物語は彼女の性的リビドーが生み出した怪物のようで、でもボンボンキャンディみたいな彼女のフワフワした柔らかさが嫌味を観る者に与えない。祐子のリビドーが生み出したもう一人の怪物、原田も嫌味のない人物。

祐子とナンパして爽やか失楽園した原田喧太は名優・原田芳雄の長男で、発声が父親そっくりでいい声してる。エンディングで流れる主題歌も彼によるもので、まるで原田芳雄のシャウトを聴いているようで、映画に深い余韻を持たせて締める、いい歌だ。

キャスティングが絶妙だと思うのは、影山祐子も原田喧太も振られたキャラはサイテーの自己中心男女で、そんな二人がズブズブと肉体関係に堕ちていく訳だから油ギトギトの失楽園になっても良さそうなものを、爽やかに軽やかに感じる演技は実に素晴らしい。

男性の性衝動ってセックスに対して真っすぐ向かうのに対して、女性の性衝動ってちょっと違うのかなって思う。私は女性じゃないから分からないけど憧れの男性に抱かれたい、子供が欲しい、ずっと一緒にいて抱きしめていて欲しい、そんな感じなのだろうか。

私はこの作品を祐子の性衝動の賜物による夢物語として鑑賞したから、原田こそ理想の男性だけど、それ以外の登場人物は夫を除いてどこかこの世の人でないような怪物感がある。祐子が原田に一方的に捨てられた後、男漁りする相手の男性はみんな怪物君w

魅力的なサブキャラもどんどん投入される。原田は鉄道会社で運転士の試験を3回も落第して諦めた車掌。その同僚の男は原田が自分で祐子をフルことができないから代わりに言付けして、祐子はあまりの怒りに「ブワッ!」その後に続く言葉が言えない。だって、自分も悪いから。

原田の同僚の弟で小林君というキャラ登場。彼は渋谷円山町を白人男性と腕組んでデート。祐子はそれを見かけたがゲイだからどうとか全然無いんだよね。小林がニューハーフのマユミに変身しても快く手を振って送り出す。束縛からの自由を羨ましく思って。

祐子の気持ちになってみると、仕事ばかりで構ってくれない夫に絶望してイイ男に言い寄られてお泊り旅行してセックスして妊娠までしちゃって、でも捨てられて振り出しに戻ったかと思えば彼は「俺と結婚しよう」と言う。祐子も「原田の妻です」とまで言う。

でも、原田の友人たちは祐子を「お前が原田の奥さんな訳ないじゃん」と断罪し、祐子は( ゚Д゚)と目覚めると気を失うように眠っていた街頭で、出張帰りの夫に優しく声をかけられるんだよね。「お前をずっと探してた」夫の存在の大きさに一旦は気づく祐子。

夫が「東京を離れて田舎で暮らしてみるか」と提案した時、祐子は都会の雑踏から離れられなくなった自分を再認識するんだよね「つまらない人たちがバカ騒ぎして作った東京のような場所」にフワフワ浮いている自分の誰でもない感じが心地よいのだと思う。

祐子は、冒頭から原田にナンパされて、タンデムして伊豆に一緒に旅行に行って、34歳寂しい人妻がいきなりリア充になったようでいて逆にその後にドーンとやって来るどうしようもない切なさ寂しさに押し切られそうになるけど、自分にウソつかない。正直に生きる。

祐子は野球場でカツオのたたきで原田にナンパされ、夜の都会をタンデムして「クジラの上にいるみたい」と性のリビドーばりばりの発言。明けて原田とデートの約束した日、花を摘んでウキウキする祐子に突然のキスをして耳元を舐め「ボンボンキャンディのような味がする」

原田はバイクに再びタンデム乗りさせると「ここには触るなよ」熱を持ったマフラーを触るとやけどする、とちゃんと注意したはずなのに。祐子は原田と深い肉体関係に陥った後、窓からティッシュをちぎっては投げ捨てる。これが彼女にとっての精神安定剤。

祐子は母親が亡くなり、葬儀に原田を連れて行くが、伯父の伊藤洋三郎は「あれ?旦那さんは?」ドン引きする原田www彼は今の今まで祐子が独身だと思ってた。祐子は最初から不倫のつもりだったのに。原田はぶっきらぼうに「帰るわ」祐子は母親の形見梅酒を持ち帰った。

ラブホで原田といつものようにFUCKする祐子。原田は祐子に「中出ししてもいいのよ」と言われると、いつも嬉々として中に射精していたが、それはできない。ラブホを出た後、祐子が「梅酒、忘れた」戻っているうちに原田は消えた。その日から祐子は自分を発酵した梅酒のように感じ、性欲が溢れ出た。

祐子は原田を待ち伏せし、妊娠したと告げた。原田に別れを切り出され、「捨てないで!」バイクにしがみついた祐子はマフラーを思いっきり触ってしまい、血だらけの手を伸ばして原田をますます遠ざける。でも祐子の気持ちはどんどん自分に正直に向かい、カマキリ男の吉岡睦雄らを次々と誘ってはラブホでセックスした。

祐子は公園で伯父の伊藤と会っている時、「お前も大人になったなあ」( ゚Д゚)え?と驚く伊藤はしげしげとプリケツを指さし「お前のオイド」祐子は性欲が枯れたような伊藤もまだ「終わっていない」ことに安心すると同時に、私のプリケツも終わってないんだな、と思った。

原田の同僚は祐子にくぎを刺す「原田にはもう会わない方がいい」と忠告。なぜなら彼には妻も娘もいる。思わず飛び出す祐子の絶叫「ブワッ!」涙目で一人カラオケに入り、歌います竹内まりや「駅」音程もさることながらw思い入れたっぷりに歌う祐子に初めてイタさを実感。

絶望にくれた祐子は、何度も再会する小林君、いや、後のマユミに公園で待つよううながされ、突然、原田が祐子の前に現れた。祐子の様子がおかしいと一報を受け、心配して公園に行ってみれば座っていたのは彼を待ち焦がれる祐子であった。原田は「俺の実家に行こう」と再び、今度は田舎でタンデム。

誰も住んでいない原田の実家で、彼女は原田に「俺と結婚しよう」とプロポーズされた。でも、原田の地元の友人は「原田の妻です」と自己紹介する彼女に「お前の奥さんじゃないじゃん」と否定。ここで初めて祐子は長い白日夢から( ゚Д゚)と目が覚めた。

34歳の人妻ががんじがらめの束縛から自由になって、同時に48歳の家庭にがんじがらめの男を解放して理想の男性として結ばれて、でも彼女の中に貞操観念とか社会常識とか色々と圧がかかってきて双六が振り出しに戻るような感じは、やっぱり現実の厳しさ。

ラストで祐子は「これしかできない。だからこうして生きるの」と諦観めいた台詞をキメて物語を閉めるのだが、同時に実は大好きでもなくなったけどそれなりに今も居心地のよい夫と寄り添い遂げるのも悪くない、と寂しい前の向き方して終わるんだよね。



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