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根岸吉太郎「乳房」

神保町シアターで、根岸吉太郎「乳房」 原作は伊集院静の同名小説。 脚本は斎藤博。

女性遍歴に酒にギャンブルに不良中年の舞台演出監督(小林薫)が現場で知り合った照明助手の若い女性(及川麻衣)と再婚するが、彼女は不治の病に冒されていた。愛する妻の小さくなっていく乳房に手を当てて自らを反省し確かに感じる生とは儚い命の証。純文学的な珠玉の恋愛譚。

伊集院静が吉川英治文学新人賞を受賞した小説「乳房」を原作に頂き忠実に台詞までトレースした、ヒロインとは若くして癌でこの世を去った絶世の美人女優・夏目雅子がモデルだが、これが銀幕デビューの及川麻衣が大健闘して悲劇のヒロインを演じた触ると壊れてしまいそうな儚い物語。

小説の時点で明確に伊集院静自身がモデルであろう小林薫の視点で、現在時制の病院のベッドの上で闘病生活する麻衣と、過去時制の出会った頃から積み上げて来た二人しか知らない愛の真実を行きつ戻りつしながら育む、ステキな愛のハーモニーは不治の病でも決して悲観的では無い。

ほぼ、小林薫と及川麻衣が伊集院静と夏目雅子になり切って奏でる愛のハーモニーはひたすら美しく、ダメンズのはずの小林の醸し出すなんとも言えない色気が毒気のようになって観る者を酔わせる。麻衣はずっと寝たきりだが、小林の回想の中では溌溂と動きはしゃぐ永遠のアイドル。

そんな二人の仲に割って入るというより絶妙のアシストをするのが小林の舞台監督仲間である竹中直人。再婚した妻の戸川純はあまりにも竹中が小林のことを好き過ぎて嫉妬してしまう。そんな男同士の友情も癌に冒された不治の妻を愛する男の悲恋譚の中でスパイスとして効いてくるのだ。

そんな竹中が冒頭、病院のベッドに伏す麻衣を元気づけようとコミカルにマイクパフォーマンスまで取り入れて絶妙のモノマネが矢沢永吉「時間よ止まれ」何気ない選曲のようで残り少ない命の麻衣と夫の小林にとってまさにこの心境がピッタリ来たであろう。

舞台監督の小林が照明助手の麻衣と初めて出会ったアイドルコンサートの舞台裏。ステージに立つアイドルはリアルに新島弥生で映画本編には絡んで来ないけど歌う「哀しみにさらわれて」パッと見、衣装もルックスも楽曲もWINKを思い出した。可愛いなあ(*'▽')

尺が57分しか無い小品なんだけど原作小説を忠実にトレースしてるから内容はギュッと詰まってる。台詞の一つ一つがステキなんだけど、私が書いても野暮だからその辺は実際に小説「乳房」を読んでリアルに体験して欲しい。歳若くして病魔に冒された妻を前に苦悩する男の切ない姿を。

ロマンポルノ的はですね(こらこら、純文学だぞw)何と言っても東レキャンペーンガールから女優業の世界に飛び込んだ22歳、これが正真正銘デビュー作の及川麻衣が短いながらも小林と結ばれた夜の濡れ場とピロートークは何とも言えぬ妖艶さが漂っていて即物的じゃないエロス。

これに対して即物的なエロは原作にも登場する小林が麻衣の入院先の看護婦にエロを感じて辛抱堪らなくなって竹中に相談して娼婦をホテルに呼ぶ。それが平沙織(本作では平砂織名義)でパッと見は小川亜佐美かと思った。丸顔の淫乱な女で、小林は乳房のせいで勃起できないのよ。

実は即物的ではない麻衣のエロと即物的な沙織のエロは本作のテーマに繋がっていて、小林は麻衣が病魔に冒され胸を気にして「小さくなっちゃった」呟いた瞬間を、娼婦の沙織を抱こうとした時にフラッシュバックのように思い出しちゃうんだよね。で、麻衣の乳房を愛おしく思うの。

竹中直人とか戸川純とか登場すると強烈な個性でしっとりした物語を壊しちゃうんじゃないかとハラハラしたけど二人とも演技上手いのよね。小林と麻衣の夫婦純愛を盛り立てる脇役としてシリアスに演技していて凄くイイ!でね、思うの。竹中&純夫婦は小林&麻衣夫婦の写し鏡だって。

冒頭、病床に伏せる麻衣のベッドサイドで竹中が「時間を止まれ」を熱唱する意外な(笑)開巻の後は、麻衣より10歳以上も年上の舞台演出家の小林が甲斐甲斐しく麻衣の世話をする。麻衣のために食欲が無いと言えば怒り蕎麦屋に蕎麦を取りに行くほど献身的に尽くす姿に竹中は驚く。

元来の小林はそんな奴じゃなかった。競輪競馬競艇にパチンコ麻雀どれも大好きだが弱くて、酒は飲んでも飲まれるしヘビースモーカーで胃は悪いし、おまけに常に複数の女性と交際してるモテ男だけどだらしない。竹中は麻衣に「こんな男はやめておけ」散々、忠告したのだけど。

小林は麻衣と出会った日のことを回想する。それは新島弥生コンサートの演出で弥生のステージ立ち位置が違うと文句言った麻衣に「そんなのは照明の側で調整するもんだろ!」プロの厳しさを教えた小林。でもさりげなくフォローする優しさに麻衣はメロメロになり運命の再会の日が来る。

麻衣は竹中に小林の住所を聞き出して仕事の相談に押しかけ酒を飲んで自分から熱烈に誘い井の頭線のガード下で初キスした。でもね、その後に渋谷のホテルに行って初エッチしたことの方が小林は印象に残っていて、病床で思い出話する麻衣に「キスは井の頭線のガード下」と怒られた。

癌に冒されている麻衣の体調は投薬でいくぶん良くなり、外に出たいという要望を聞き入れて小林は竹中夫婦を誘ってキャンプに行く。でもね、竹中の妻の純は突然、キャンプに連れ出されて不機嫌なの。小林は純と二人きりになり、率直にあなたに嫉妬している、と伝えられたの。

竹中は親愛なる小林が献身的に麻衣に奉仕する姿に嫉妬する。「そんな善人ぶって小林らしくないじゃないか」小林は仕事を辞めてまでずっと麻衣に付きっきりで看病してるんだよね。そんなの小林じゃない。でもね、小林の心の中にもモヤモヤと残るんだよね「俺って善人ぶってるのか?」

麻衣は良く出来た妻で、私がこんな体調だからセックスできないことを心配する。「適当にやってるよ」と誤魔化す小林に「ちょっと遊んできてもいいのよ」そんな麻衣は寂しそうにパジャマの中の自分の胸を覗き込み「小さくなっちゃった」そして小林パパの匂いを嗅いで満たされた。

小林は病院で麻衣の世話をする看護婦がセクシーでドギマギし、待合室にいる時に公衆電話で密かに付き合ってる医師とエロ会話してるの耳にして、もう我慢できん!麻衣に言われた通りちょっと遊んでもいいかな?悪友の竹中に電話して午前2時まで痛飲して娼婦を世話してもらった。

やって来た娼婦の沙織は「こんなに飲んでてデキるの?」とか言いながら2万5千円の所、お釣りがないからと3万円受け取り服を脱いで「キスはダメよ」裸体を愛撫しようとした小林は沙織のデカいおっぱいに思わず( ゚Д゚)と酔いが醒めてちっちゃくなっちゃった麻衣の乳房を思い出した。

正常位で沙織に挿入しようとしても勃起できない小林。「今日はやめた」そのまま帰ってもらい、自己嫌悪のままに麻衣の入院するベッドに急ぐ。すると麻衣は髪にリボンをつけて思いっきりオシャレをしていた。担当医は助かる確率は20%と言う。それを麻衣は知らないはずなんだが。

麻衣は汗をかいていて、タオルで拭いてやろうと洗面に向かった小林は鏡に映った自分の顔を見て涙が溢れ身体が震え己を叱った。麻衣の背後からパジャマの上から乳房に手を当てると麻衣は呟いた「冷たくて気持ちいいね。二人きりだね」エンドロールが回り、麻衣が振り向いて微笑んだ。

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