短編小説(後半は小説?)いつ書いたか忘れた 鬼と悪魔の話


岩塩のような雪が降っている。鬼も凍る寒さとはこのことだろう。
実際に凍っている鬼もいる。
とりあえず復活しないように細かく砕いて、犬とキジに啄まさせた。
猿は食べなかった。同じ二本足だから情でもあるというのか。

なにせ鬼が島というぐらいだ、鬼が原産、鬼が原点、凍ってしまうような愚かな鬼ばかりではあるまい。月の尖った晩だった。じつにまずい。不吉。殺風景の殺の字が強く浮かんでいるような月だ。

我々が身を隠してほどなく、猿は眠ってしまった。ついでキジ、順に犬。
すっかり寝入ってしまった。果たしてこいつらは無事目覚めることができるのだろうか。
私は石綿の外套に深く身を沈め、眉間の皺をほぐし、おそるおそる目を閉じようとしたとき、
大きな生き物の気配がした。

我々が隠れている平型のカマクラの屋根に、視線が通る分の穴をあける。
視界に映るはやはり鬼。
殺風景の月光に照らされ、腰巻き一つつけた姿でうろついていた。氷原を闊歩する足の裏の皮は厚く、毛は濃く、尖っている。全身から湯気が立っている。
手にはどぶろく、金棒、生首。
生首は、何かしら人間に似たところのある生き物のモノだった。

どぶろくの肴に生首を齧る鬼。
頭蓋骨から歯で引っぱり剥がす、肉も骨も一緒くたにばりばり齧る。
何が悲しくて鬼に生まれたのだろう。
街まで噂が届くほどの不浄。

私には武がある。なぜなら私はピーチから生まれた超人で、ハハから生まれた人間にはできないことが、たいてい出来るから。
カマクラをぶち壊して今すぐ鬼の首を取ることも容易い。
しかしそうするとカマクラは壊れてしまって、中で寝ている犬や猿やキジや猫やカエルたちが死んでしまう。

みちみち出会って拾ってきた命、そも、なんのために拾ったか、鬼にぶつけるためじゃないの? 

ところでどうして今宵の月はかように尖っているのか。


地下室には悪魔がいる。
おれは左肩に黒豚の腿肉を担ぎ、長く細い小道を歩いていた。
街の水路に沿って我が家の地下室も形作られている。
長い小道で、だるい人生。口笛を吹きながら、湿った小道を踏みしだく。目の前を行き交う鼠の姿からは目を逸らして。それにしても腿肉はうまい。腿肉は重い。悪魔は腿肉が大好き。
うまい人生、重い人生、口笛を吹きながら、ちちちち。鼠は走る。

悪魔はいつもテレビを見ている。いつもというか、だいたい。
テレビを見ているのは淋しさからだと言う。そんなお前の背中が淋しいよ、と俺は幾度となく悪魔に囁いた。奴はイヤに広い背中をおれに向けたまま、音量をわずかに上げておれの話を聞かない。

「友だちが居ないのは、お前が悪魔だからだ」

悪魔は寝る前、天井のしみにそう言われるそうだ。
床のきしる音も、虫の鳴く声も、ぜんぶ悪魔の敵だから、怖くて目も開けられない。

悪魔は毎晩、羊のことを考える、すると少し呼吸が楽になる、羊は昔天使だったから。
そして悪魔もまた羊だったことを思い出した。
今と同じく、そのころからヤギは誰もに嫌われていた。
しかし近頃悪魔はヤギのことが以前ほど嫌いじゃない自分に気づく。

震えながら眠れ。次世代に体力を温存しておくんだ。
おれの毛皮は薄汚れてしまったヤギの黒髭のように。
震えるふりをしよう。寒さは感じないけれど、別の何かを感じてやまない。
そういうふりをしよう。
これはリハビリなんだ。
悪くない夢を見る練習なんだ。

羊と羊はおんなじ牧場で、同じ空の下、同じ色の空気を吸っていた。白羊さんと黒羊さんとヤギとポークチャップ。牧歌的な洋食。緑の野原にてケチャップで丸を書いた黄色い卵を忘れない、天使と半分コして食べたんだ、と惰眠した目で言う、テレビを見ながら。
あくまよ。
こわれてしまえ。
お前は本当に邪悪だよ。世界を破壊したように自分を破壊してしまえ、ふははは。
と、先端の尖ったものを紹介するCMだった、これは、おれのことじゃなかった。
ダメだ、テレビを見てしまう、チャンネルを変えても変えてもテレビを見てしまう、悪魔はそこから離れられない。おれはダメなんだ、こういう日は羽を煮てしまおう、ゆがいて、ゆがいて、ゆがいて、
もう、だめだ。とても、とても、こまる、もう、むかしのことを、おもいだすのは、もう、もう、たくさんなんだ。

「腿肉をお食べ。」

とうとう悪魔の棲む小部屋までたどり着いた。
彼は跪き、自分を解体する音楽を聞いていた。

味噌はウツにいいらしい。
料理をするぐらいの根性は確保したい。
おれは、今日も今日を自分に取り戻すんだ。
テレビから、過去から、今日の料理、栄養士の生き肝。核分裂。

あのころまじで悪魔だったおれは、引きちぎったり、むしゃぶったり、包み隠さず、告白したりしていたものだった、鬼も殺した、エサにした、大魚を釣った、竜を茹でた。福の神を蒸した。
あのころおれは料理マニアだった。
分析して表を作った。
がははと笑った。
釣り人で橋を造った。
やりたい放題だった。

看病のために、天国まで来たのに、やつは勝手に諦めてしまって、陥没してしまった。ほんとうの地獄に住む根性も無いやつは、下半身が砂漠に沈んだバスタブから出られない。

人間はちぎると血が出るから、
黒豚と同じだよね。
そうやって無邪気に笑えていたころの自分には、とくになんの感想もないなぁ。
おれはテレビって言うものの実力を、もっと高く見積もっていたんだけど、
思ったより昔の自分が残っているなぁ。ただ腐っていくだけで、芯は全く変わらないなぁ。
形がおれを壊してくれ脳がダメなんだ、うるさいものがなにもないんだ。夢が喋るんだ、おれをほっといてくれほっといてくれ、ほっといてくれ、

「おい」

黒豚を食べろよ、それは中華だから。うまい具合に揚げてあるから。
食べ易いんだ、パリパリ。
パリパリ。
殻が、
つまる。
喉に。
目がまだ死んでいない。
ゆえにだらだらと続く、
ことは許されない。

小道は終わる。
そこには部屋がある。
部屋には毎日君が訪れる。
君、という単語を僕は信奉している。
なにかを信奉した時点で悪魔としては失格だ。
でも、おれが信奉しているのは、結局のところ悪魔ではなく、自分ではなく、なにかではなく、
テレビだ、
いや、
君だけなんだ、ってテレビがさっき、
って千々に切れた栄養士が、
デーモ二ッシュに乱れる快感について語る、のは過去のおれ、
カタルシス、
ゆめ、
おうち、
いぬ、
かめ、
雑魚、
稚児、
サケ、
鱒、
太宰、
つき、
墓、
蔵。
くら。

結局、散文はむずかしいのでした。
ですた。

「あるところに犬が一匹いるのですが、まったくこれはひどくみじめなことなのでした。
じっさいのところ犬は哲学を知りません。
満月も知りません。
レストランで皿をなめたこともないのです!
だから
今日もひどく素敵な一日になるのでした。
じつはもうとっくに日が暮れているのだけれどね。」

「包み紙をはがして、君の瞳を見つめた。流れていく時間は緑色だった。」