第13話 ぼくのチョコ遍歴
(小説 『チョコっと変わった世界』)
電車の中は苦しかった。
もう、ホントにホントに自分はおかしくなってしまった。その思いが、苦しさに輪をかける。
息が詰まるような感覚。暑くもないのに汗が流れてくる。ぼくは途中、何度降りようと思ったか分からない。
とりあえず乗換駅で、ベンチに座って休む。なんだか滞るような予感がして、早めに家を出てきたのだ。
自販機でお茶を買って飲んだ。汗が冷えて寒かったので、温かいものを買った。ぼんやりすると、頭にわき起こってくるのはチョコのこと。振り払うことなく、ぼくはその思いに没頭する。子どもの頃、駄菓子屋で食べたチョコ。きっと今食べると粉っぽくて不味いのだろうけど、記憶の中の味は甘美だった。くじ付きのバーにシガレット型。そして母親に付いていったスーパーで買ったチョコ。板チョコは開けると必ず割れていた。マンガのキャラが書かれている、あるいは掘られている、真ん丸にプラの取っ手が付いたやつ。箱に入った、パイやケーキ型のもの。バレンタインでもらったチョコも記憶から浮かび上がる。ほとんどは義理だけど、手作りのものももらったことがあった。買ってきたチョコを溶かして型に入れ、デコレーションしたもの。今考えると、あれは、手をかけたというだけで、手作りチョコというわけではない。なにしろぼくは、本当に手作りのチョコを食べたことがあるのだ。あれは1年ちょっと前だが、『Bean to bar』 といって、カカオ豆から製造する高級品を買いに行ったのだ。都内にいくつかしかないお店のうちの一つに行った。ケーキよりも高い値段にびっくりしたものだった。なにしろ板チョコ1枚で、バイト代1時間分がすっ飛ぶのだ。あぁ、どれもこれも遠い昔のことだ。帰れない別世界のものだ。これ食ってみなよと『Bean to bar』のチョコの欠片を母親に渡したことが懐かしい。美味しいけど、なんか粉っぽいわねと首を傾げた母親の表情……。
時間を確認する。そろそろ動き出さないと間に合わなくなる。でも、再び、こんな世界で、こんな状態で、就職活動なんかしてなんになるというのだという気持ちがむくむくとわき起こる。帰ってしまおうか、と……。
ぼくが行かなければならないのは、会社なんかじゃなくて病院なんじゃないか。頭の中を診てくれる科の。おそらくは治らないだろうが。
こんな気持ちを背負いながら、一生この仮の世界で暮らしていくのだろうか。イヤになる。もう耐えられないくらいイヤになる。こんな世界、『異世界』なんていいものじゃない。『偽物の世界』だ。『似非世界』だ。それも粗雑で、不出来で、片手落ちの。意味ない、こんなところにいても!
「まもなく4番線に……」
そのアナウンスにつられるように、ぼくは立ち上がってフラッと前に出た。いいや、もう、なにもかも……。
つづく
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