第12話 ショッピングモールの鏡
「うっ!!」
俺は鏡の前に映る自分を見てギョッとする。
俺って…こんなにみっともない体してたっけ?
俺は食材の買い出しにショッピングモールに来ていた。
そのときたまたま鏡の前を通りかかったときに自分の姿を見たのだ。
今、俺が目にしている自分は本当に自分の姿なのか?
いつも家の鏡で見ている自分よりずっとカッコ悪く見える。
学生の頃に比べて明らかに太った体。
そして自分の想像を超えた短い足。
自分自身がカッコいい人間だとはこれっぽっちも思っていない。
しかし、もう少し…もう少しマシだと思っていた。
「醜い…」
俺は自分自身をそう思ってしまった。
その日は心なしか豆腐や野菜など、ヘルシーなものをたくさん買い込んでいた。
家に帰り、食材をしまうために冷蔵庫の扉を開ける。
「………」
冷蔵庫には第三のビールが10缶近くあった。
そして、冷蔵庫の横にはビールのつまみとなるスナック菓子もたくさんある。
「こりゃ太るわ」
ショッピングモールの鏡に映った自分を受け入れることにした。
ソファに座り、今一度、振り返ってみる。
先ほどの俺は明らかに自分の知らない自分だった。
認識している自分の姿とは違ったのだ。
あのショッピングモールに映った俺は、まるで自分を客観視しているよう感覚になった。
それはつまり…俺以外の人間には、きっとあのように見えているのだろう。
…ピンチじゃないか。
あれはジョハリの窓で言う、他人は知っていて自分は知らない部分というやつだろうか?
俺はそれを今日知ってしまったのだろうか?
う~ん、ショックだ。
俺は洗面所に移動して、自分の姿をもう一度確認してみた。
そう、これだ。これが俺の知っている俺だ。
これが俺なのだ。
しかし、客観視した俺は…先ほどのあれなのだ。
「はぁ~…」
リビングに戻ってきて、無意識のうちに冷蔵庫の扉を開けていた。
「うわ~、やべぇ。ビール飲むところだった」
慌てて冷蔵庫の扉を閉めた。
代わりに水道の蛇口をひねり、水をコップに入れて一気に飲み干した。
しかし、今日は外見だったが、きっと内面だって同じことが言えるだろう。
というか、そもそもジョハリの窓は心理学だ。
外見のために使うもんじゃない。
寧ろイレギュラーだ。
想像以上のTHE日本人体型だった俺が自覚していないのがいけないだけだ。
問題は内面だ、内面。
俺の知らない俺は周りの人にとって、どう映っているんだろう?
迷惑をかけていないだろうか?
嫌われていないだろうか?
いくら考えてもプラスの方に向かない。
マイナスな方に考えてしまう。
「ピンポーン!!」
そのとき、呼び鈴が鳴った。
俺は時計を確認する。
そうだ、今日は彼女と一緒にDVDを観る約束をしていたのだった。
ひとまずこの議題はお預けして、俺は彼女を迎え入れる。
「やっほー」
「いらっしゃい」
俺は彼女をリビングに上げた。
俺たちは2人並んでテレビの前のソファへ座る。
「いい感じのB級見つけてきたよ~」
そう、今日はB級映画鑑賞会だった。
映画好きの彼女は最近、敢えてB級っぽい映画を借りてきて、それがちゃんとB級っぽいか評価するというなんとも奇妙な映画鑑賞を始めたのだ。
その奇妙な映画鑑賞に俺は付き合わされている。
彼女はDVDプレーヤーに借りてきたDVDを入れる。
円盤が回り始める音が聞こえる。
真っ暗なテレビ画面を彼女は嬉しそうな顔で見つめている。
すると、彼女はこっちを見て俺の顔を見て来た。
「ねぇ…なんかあった?」
「えっ?いや、なんにも」
「うん?本当に?」
「いや~、うん………あのさぁ、俺のこと…好き?」
「えっ?何?どうしたの?」
「いや~、ごめん。なんでもない。ごめん、ごめん」
DVDは起動し、映画本編の前の予告映画が流れ始めた。
しかし、彼女はテレビの方を見ず、俺を倒して馬乗りになってきた。
「おまえ~!!さては浮気してるのかぁ~!?」
ほっぺを強めにつねってきた。
「違うよ。浮気なんてしてない、してない」
「だったらなんで変なこと聞くんだ?言え!!」
「なんでもないよ。なんでもないって!!」
「言わないとぉ~こうだ!!」
「いだだだだだだ、ほっぺ痛い!!ほっぺ痛い!!」
「言え!!何があったか言え!!」
「分かった、分かったから離して!!」
俺は観念して先ほどまでのことを話すことにした。
「いやぁ、さっきさ、ショッピングモールに買い物に行って、そのとき鏡の前を通って自分の姿を見たらあまりにカッコ悪くてさ。自分が思った以上にだらしない体型だったんだよ。それにちょっとがっかりして。みんなの目にはこう映っているんだなって思ったらさ、自信なくしちゃって」
「うん?うふふふふ…それで、それで?」
「それでさ、ジョハリの窓ってあるじゃん?自分には4つの窓があって、その中に自分は知らないけど、他人は知っているっていうのがあるじゃん?それを考え始めたら、外見だけじゃなくて、内面も自信無くなっちゃって。そこへ君が家に現れたでしょ?俺のことちゃんと好きかなって不安になっちゃって」
「あははははは、そういうことね」
割と真剣に悩んでいたのだが、彼女にとって俺の悩みはどうやら面白いらしい。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと好きだから…安心したまえ!!」
そう言って彼女は頭を撫でてくれた。
「…ありがとう~!!」
「こらっ!!抱き着くな!!」
俺は無理矢理引きはがされた。
「…ねぇ?これからも俺のこと好きでいてくれる?」
「面白いこと言うわね。それはあんた次第でしょ。ジョハリの窓ならぬショッピングモールの鏡で自分を見つめ直すきっかけになったんなら、よりよい自分になれるよう、自分を大切にしたら?」
「…ありがとうございます。精進します」
「…あっ、始まるわよ。見よう、見よう!!」
そうして、B級映画が始まった。
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