第19話 人間至上主義

「おい、あいつら帰って来たぞ!!」
 あちこち擦り傷だらけの2人の若者に村の人々が駆け寄る。
「それで…ユニコーンの角は?」
 2人の若者は顔を合わせにっこりとほほ笑む。
「あぁ、ちゃんと取ってきた!!」
「おぉーーー!!」
 村中から歓声が上がった。
 そこへ1人の女性がふらつきながら歩いてくる。
「母さん!!」
 2人の若者はその女性の元へ駆け寄る。
 その女性はユニコーンの角を取りに行った2人の母親だったのだ。
 彼女は重い病気を患っており、ちゃんとした医師がいないこの村では治る見込みがなかった。
 日に日に弱っていき、死を待つばかりの母の姿が、2人の息子たちにとっては耐えがたいものであった。
 なんとしてでも母を助けたい!!
 そう思った2人は古い言い伝えにある、万病に効くとされるユニコーンの角を探しに国に立ち入ることを禁じられていた「魔の森」へと入ったのだ。
 そして見事、ユニコーンの角を手に入れることができたのだ。
「母さん、ユニコーンの角だよ」
「これで母さんの病気も治るからね」
「あぁ、なんて優しい私の息子たち。でもこんな危険なこと二度としないでおくれ」
 母と息子たちはぎゅっと抱きしめ合うのであった。

 その後、ユニコーンの角を煎じて飲ませた母親の体調はみるみる回復した。
 言い伝えの通り、どんな病も治す力があったのだ。
 わずか3日で母親は歩くこともできるようになった。
 本当に奇跡だった。
 そんな母親を救った2人の息子は、村で英雄扱いとなった。

 ユニコーンの角を取りに戻ってから1週間。
 その日も2人の息子たちは村の子供たちに囲まれ、魔の森でのできごとを話していた。
 14歳のクリス、13歳のマイケルは成人前 (15歳)で、普段から村の子供の兄貴分の存在であった。
 母の命を救うため、入ってはいけないとされる魔の森に入り、ユニコーンの角を取りに行く。
 大人でさえ、惹きつけられるような話だ。
 子供が食いつかないわけがない。
 子供たちは何度も何度も繰り返しその話を聞いていた。
 するとそこへ1人の男が駆けて来た。
「お前たち、全員すぐに広場に来るんだ!!」

 ―30分前—
 1人の男が村にたどり着く。
「少しお伺いしたいのだが…」
 その男はローブを身に纏い、フードを被っていた。
 ローブや手に持つ杖を見るに高尚な者だということが分かる。
「はい、なんでしょう?」
 尋ねられた村人の男は自然と敬語を使っていた。
 村人は男の顔を確認しようと覗き込む。
 声の質からして若い男だと思っていたが、実際に見ると思った以上に若く、とてもきれいな顔立ちをしていた。
 しかし、その男に好印象を持つことはなかった。
 男の表情は冷たく、スラっとした長身がより不気味さを感じさせた。
「先日、魔の森に入った少年がいると聞いたのだが、その少年はこの村にいるのだろうか?」
「あぁ、クリスとマイケルのことですか?いますよ。それにしても噂は村の外にまで届いているんですね。あいつら本当に母親想いの優しい子たちなんですよ」
「母親想い?」
「えっ?知らないんですか?あの子たちは母親の重い病を治すためにユニコーンの角を取りに魔の森へ入ったんですよ」
「これ?どうかしたのかね?」
 そこへ1人の老人が割って入って来た。
「あっ村長。この方がクリスたちのことを聞きつけて村にいらっしゃったんですよ」
「そなたがこの村の長か?」
「えぇ、私が村長を務めております。確かクリスたちはこの村にいますが…一体何用で?」
「私は…魔の森の管理をしているものだ」
 男はフードを脱ぐ。
「————!!」
 耳がとても長い。
 間違いない…この男はエルフだ!!
「村の長よ、村人を全員集めてもらおう」

 クリスとマイケルは言われた通り広場へと移動した。
 広場には100名ほどの村人全員が集められ、座らされていた。
 村人以外に見慣れない男が1人。
 耳の長い長身の男。
「管理者様。これで全員です。そしてあそこにいるのが魔の森に入った子たちです」
 管理者?
 クリスとマイケルはその言葉に反応する。
 もしかして魔の森の?
「そなたらが森に入った子らか?」
 管理者が放つその声はひどく冷めていた。
「は、はい…」
 兄のクリスが答えた。
 弟のマイケルは兄の横で震えていた。
「さて、そなたらは母の病を助けるためにユニコーンの角を取りに森へ入ったのだな?」
「はい…」
「して…母の病は治ったのか?」
 すると、1人の女性が立ち上がる。
「わ、私です。息子たちのおかげでこの通り元気になりました」
 2人の兄弟の母親が震えながら答えた。
「ふむ…母の命を助けるために危険を承知の上で森へ入った。それを聞くとなんとも母想いの子供たちではないか」
「はい…私は息子たちを誇りに思います」
 母親がそう答えると、村人たちも小さく頷く。
「ではこれを見てくれ」
「——ドサッ」
 突然空間から現れたのはユニコーンの死骸だった。
 村人たちはその死骸にたじろく。
「お前の誇り高き息子たちはユニコーンの角を手に入れるためにユニコーンを殺したようだぞ」
「そんな…」
 母親は息子たちに悲しそうな目を向ける。
「しょうがなかったんだ。こいつ暴れて逃げようとするから」
「そうだよ、しょうがなかったんだ」
「そうか…自分の欲しい物を手にいれるために、命を奪うことは許されることだと言いたいのだな?なんともご都合主義な考え方だ」
 2人は何も言い返すことができなかった。
「これだけではない」
 すると、さらに空間から何匹もの動物の死骸が現れた。
 これも全て魔の森へ入った2人が殺した動物たちだった。
「さて、人間の子供よ。これらの動物の命はなぜ奪った?」
「それはこいつらが俺たちを襲って来たから…」
 兄のクリスが答える。
「ほう、自分の命を守るために仕方なくか。それは一応説明がつくな」
 管理者はクリスたちと会話をしているが、どこか独り言をしゃべっているようだった。
「私は森の管理者として、昔から人間たちに伝えていた。決して魔の森へは入るなと。その代わり私たちも決して人間たちが住む世界に足を踏み入れないと。しかし、それは破られた。その上、森に生きる命がいくつも奪われた。おまえたちが言う誇りある人間の子供たちによって」
 誇りある人間の子供たち。
 管理者がそれを皮肉で言っていることは分かった。
「さて、私は森の管理者として、これからお前たち人間に報復をしようと思う。奪われるはずのない命を奪われたのだ。嫌とは言わせぬぞ」
「————!!」
 管理者の切れ長の目はとても冗談を言っているような目ではなかった。
 この管理者は本当にそれをしようとしている。
「許してください!!」
「二度と森の中へは入りません!!」
 クリスとマイケルは膝をついて謝罪する。
「村の長として、二度と森の中へ入ることがないよう徹底させますので…何卒」
「ほぅ、これだけの命を奪っておいて、自分たちは頭を下げるだけで許されると?これもまた自分勝手な話だ。頭を下げて済むのなら、なぜそなたたちの社会には衛兵が存在するのだ?」
「では一体どうすればあなた様から許しを得ることができるのでしょう?」
「ふむ…そうだな…今回森の命が奪われた数はユニコーンを含め全部で19。それと同じ数だけ命をもらうことでこの場を収めるとしよう」
「————!!」
 命をもらう。確かにこの男はそう言った。
「ふざけるな!!」
 村一番の腕っぷしの強い男が立ち上がり、そして管理者に掴みかかる。
「黙って聞いてりゃいい気になりやがって。なんで俺たちがお前に殺されなきゃいけねぇんだ!!」
「その手を離してもらおうか…いささか不快だ」
「許してくれるんなら離してやるよ」
「そうか、離さぬというか。ならばしょうがない」
 管理者の右手が握る杖が光る。
「——ボンッ!!」
 破裂音と共に男の悲鳴が響き渡る。
 消し飛んだのは管理者の胸ぐらを掴んでいた手だった。
 近くにいた者たちに男の消し飛んだ手の血と肉片が降り注ぐ。
 しばらく茫然としていた村人たちだが、状況を理解して慌てふためく。
 男たちは後ずさりながら声を漏らし、女たちは甲高い悲鳴を上げる。
 子供の母親たちは、この光景を見させないように必死に子供の顔を覆い隠していた。
「早く血を止めた方がよいぞ。そのままでは血を流し過ぎて死んでしまうからな」
 管理者は眉1つ動かさず答えた。
「なんて酷いことを…」
 村長がうろたえながら言う。
「否定はせぬ。だが、そこの人間の子らと同じことをしたまでだ」
「しかし、彼らが奪った命は動物の命だ。人間じゃない」
「面白いことを言うな。まるで人間至上主義だ」
 森の管理者の笑い声だけが響き渡る。
「私にとって森に住む動物たちの命も人間たちの命も同じだ」
 村人は理解した。
 目の前にいる管理者は私たち人間とは違う価値観であるのだと。
 そして自分の意見を押し通すことができる圧倒的強者だと。
「みんな、逃げるんじゃ!!」
 村長が声を張り上げる。
 それを聞いて村人たちは一斉に逃げる。
 しかし、無駄だった。
 管理者が手を軽く薙ぎ払った瞬間、無作為に選ばれた19名の首が吹き飛んだ。
 子供、女、老人。関係なかった。
 しかし、管理者は敢えて殺さなかった者たちがいる。
 それが魔の森に入った、クリスとマイケル。
 それと彼らの母親であった。
 母親を殺さなかった理由に深い意味はない。
 ただ、せっかくユニコーンの角で助かったのに死んでしまうのは勿体ないと思ったからだ。
 逆にクリスとマイケルを生かした理由は、その方が彼らにとって生き地獄だから。
 管理者は恐怖で座りこんでしまった2人に声をかける。
「お前たちのせいで、また罪のない者たちの命が奪われた」
 管理者は杖をかざす。
 2人は一瞬白い光に包まれる。
「簡単に死ねると思うな。これから寿命が尽きるまで村人たちに恨まれ続けるがよい」
 そう言い残すと、管理者は消えてしまった。
 そしてクリスとマイケルはそのまま意識を失ってしまった。


「眠りに落ちたか…」
 ユニコーンの周りで眠りに落ちるクリスとマイケル。
 ここは惨劇が起きた村ではない…魔の森の中だ!!
 実際のところ、彼らはユニコーンの角を手に入れることができなかった。
 ユニコーンに眠りの魔法をかけられ、眠らされていたのだ。
 また、彼らに傷つけられた動物たちも管理者の手によって傷を治されているので命を失った動物もいない。
「さてユニコーンよ、こやつらを森の外へ運ぶまで手伝ってくれるか?」
 管理者は魔法でクリスとマイケルの体を持ち上げ、2人をユニコーンの上に乗せる。
「甘過ぎるとな?何、大丈夫だ。お前が眠らせたときに魔法をかけて、こやつらには少々悪夢を見させている。二度とこの森へ近づこうなどとは思うまい」
 森の外へ運びだし、2人を降ろす。
 管理者は彼らの手元にユニコーンの角を置いた。
 これは以前、ユニコーンの角が生え代わりの際に抜けたのを取っておいた物だ。
 また、角と一緒にメモ書きも残した。
「二度と森に足を踏み入れるな。破れば悪夢は現実となる」

 管理者は帰り道、ユニコーンに話しかけながら帰っていた。
「ああいった輩はちっとも減らぬな。どうして人間は自分たちが一番偉いなどと思ってしまうのだ?なぜ自分たちの都合を押し付けるのだ?なぜ共生しようと思わぬのだ?」
 ユニコーンは慰めるように頭を寄せる。
 管理者は頭を撫でながら答える。
「これも自然の摂理なのか…それとも人間の欲が果てしないのか…」

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