第68話 母:幼稚園に行かせるために

 全く記憶がない。
 本当に全く記憶がないのだが、ボクは幼稚園に行くのをひどく拒んだらしい。
「そんなところ行かへん!!」
 初めて家族以外の人たちと時間を過ごすのだ。
 直感で不安と感じたのだろう。
 聞いたところによると、兄もすごく緊張していたらしい。
 でも、ボクのように拒みはしなかったようだ。
 母は兄のことを覚えていたから、ある程度不安に思うのは覚悟していたそうだ。
 でも頑なに「行かない」と拒否したためにちょっと困ったらしい。
「お友達と遊べて楽しいよ」
 そんなことは言ってもよく分からないだろう。
 だって友達というものがどんなものか分からないのだから。
 まぁ、がきんちょの立場からすれば、家族から離れてしまうことが怖いのだ。
 それなのに「友達が、友達が」などと言っても不安は解消されないだろう。

 母はどうしたもんかと困ったそうだ。
 一体どうすれば素直に幼稚園に行ってくれるのだろうと。
 そんな母はダメ元でボクにニンジンをぶら下げることにした。
 その頃のボクはイチゴが大好きだった。
「幼稚園に行ったらイチゴ買ってきてあげるから!!」
「うん!!分かった!!幼稚園行くぅ~!!」
 …なんやそれ!!
 母は呆気に取られたそうだ。
 さっきまであんなに幼稚園に行かないと拒んでいたのに。
 イチゴ1つで解決してしまうのか…。
 どうしようか悩んでいた自分がバカに思えてきたそうだ。

 それからしばらくの間、幼稚園から帰って来たらイチゴを食べさせてもらえた。
 ボクは幼稚園に行けばイチゴを食べさせてもらえる。
 母はイチゴを食べさせれば文句は言われない。
 これがWin-Winの関係である。
 当ってる?違ってる?(笑)

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