妄想その15

 次の妄想劇に向け、急遽佐々木さんを呼び、打合せをすることとなった。

「佐々木さん、ごめんなさい急に。明日も仕事なのに」

 そう、私たちはど平日の夜に佐々木さんを呼び出していたのだ。

「いえいえ、いつも暇ですから」
「………」

 さらっと爆弾発言。
 そして本人はそのことを全く気にせず、にこにこしながら答えていた。

「それで次回の妄想劇なんですが…」

 彼が口を開く。
 今日集まったのは、彼が次の妄想劇を決めかねていて、その相談をするためだったのだ。

「ラブストーリーで行かせて下さい!!」

 今、私と佐々木さんは彼と対面に座っている。
 監督兼脚本家としての立場ということだろうか?
 彼は主に佐々木さんに向けて頭を下げていた。

「ねぇ、ヒロくん。ラブストーリーって言ってるけど、要はエッチなのでしょ?」
「失敬な。ラブストーリーだよ、ラブストーリー…ほぼ」
「何よ、ほぼって…」
「ラブストーリーの中にエッチが多少に混じる。それがいいんじゃにないか!!」
「オオカミ男やくっ殺のどこがラブストーリーなのよ!!」
「うっ…」
「ハナちゃん、ちなみにこの間聞いた高嶺のハナ以外の妄想劇ちょっと教えてくれる?」

 佐々木さんに聞かれたので私はオオカミ男とくっ殺の内容を教えた。
 佐々木さんは少し困った顔をする。

「オオカミ男はまだいいんですが、くっ殺…なかなかハードですね」
「そうでしょう?そんなのやりたくないでしょ?ほら、ヒロくん!!」
「いえ、やります!!私やります!!」
「おぉ!!」

 佐々木さんがいらないやる気を見せたため、一気に彼は勢いづく。

「実際に…エッチなことはしないのよね?あくまで演技よね?

 それを聞いた彼の顔が赤くなる。

「あ、あ、当たり前じゃないですか!!エッチを匂わせるだけで実際にそんなことしません!!」
「あははは、だったら大丈夫です。行けます、私」

 ここまで言われたらもう認めるしかない。

「う~ん、でもどうしよ?最初は百合でも行っときますか?」
「百合?ごめんなさいヒロトさん、私アニメやマンガあんまり見なくて。百合ってどういう意味かしら?」

 おぉっとこれは…なかなかピュアが現れた。
 私はそっと耳打ちして教えてあげる。
 百合の意味を知った佐々木さんは若干うろたえる。

「あの…できれば普通の方が抵抗ないのだけど」
「そうですか…では普通ので行きましょう」

 一件落着かと思ったが、彼はここで少し困った顔をする。

「佐々木さん、ラブストーリーになると、基本的に佐々木さんはフラれるというか、悪役になっちゃいますけどいいですか?」
「ん?どうして?」

 佐々木さんよりも先に私が反応した。

「いや、だってボクとハナちゃんは一応現実で付き合っているわけだし?妄想劇でもやっぱり結ばれないと…」
「ピュアか!!純情か!!童貞か!!」
「ど、童貞ちゃうわ!!」
「別に妄想劇くらいいいじゃない、そんなこと。実際に付き合うわけじゃないんだし」
「それはそうなんだけど…」
「あははは、ヒロトさんはハナちゃんが大好きなのね。私、いいわよ。悪役でもフラれる役でもなんでもやっちゃう!!」

 ここでも佐々木さんに譲歩とまでは行かないけれど、妥協してもらう形になってしまった。
 佐々木さんが私たちにお願いして妄想劇に入って来たのだけれど、少しだけ申し訳ない気持ちになる。

「佐々木さんがハッピーエンド…そうだ!!」

 そう言うと、彼は席を立ち、寝室からこの間の手作りのぶたのぬいぐるみを持ってきた。

「あ…出た、この間のぶた」
「あれは?」
「あのぶたはチョイ役で出てくるんですよ、チョイ役で。都合がいいキャラに使うんです」
「このぶたと結ばれるっていう形なら佐々木さんもハッピーエンドになれる」
「確かにそれだったら…ぶただけど」
「ぶたでも嬉しいわ。2人もありがとう」
「それで次回なんですけど…今急に思い浮かんだんですが、ぶたを王子様役にしてシンデレラでもやりますか?」
「シンデレラ?うん…シンデレラだったらエッチな部分ないし、いいわね」
「私は参加できるならなんでも」

 すると、彼は急に手を前に出し、グーにする。

「じゃあシンデレラ役決めるよ。だっさな負っけよ、じゃんけん——」

 話の流れからすると、佐々木さんがシンデレラじゃなくてそこはガチンコなのね。
 残っているのは多分長女役と次女役。
 どんな役でもいいけど、どうせやるならシンデレラがいい。

「——ポイ!!」
「しゃあ!!」

 雄叫びを上げたのは私だ。
 私は見事、シンデレラ役を獲得した。
 苦悶な表情を浮かべる彼。
 シンデレラがやりたかったのだろうか?
 佐々木さんは相変わらず笑っていた…大人だ彼女は。
 すると彼は佐々木さんに何やら言っていた。

「佐々木さん、安心してください。脚本はボクが書きますから」


 ―金曜日夜—

 土曜日でも良かったのだが、私たちは早く帰宅したので今日決行することになった。
 3人でご飯を食べ終えた後、台本を渡される。
 台本はペラペラだった。
 中身を見ると、「ほぼアドリブで行きます」とだけ書かれてあった。
 でも彼だけ進行役も兼ねているからか、多少ページがあった。
 ちなみに配役は長女が佐々木さん、次女が彼、そしてシンデレラが私だ。
 妄想劇が始まり、私がいじめられる場面から始まる。

「シンデレラ、さっそく洗い物をしてもらおうかしら」

 彼がニヤッとした顔をする。
 先ほどご飯を食べていた食器がまだシンクの中にある。
 佐々木さんは少したじろいでいる。

「早くやりなさいよ、洗い物」
「えっ?ちょっと待って、本当にやるの?」
「あったり前でしょ。あなた私に逆らうつもり?」
「え、でも…」
「やると言ったらやるのよ!!——ペシン!!」
「——いたっ!!」

 彼はいきなり私のお尻を叩いてきた。
 私は彼をギロリと睨む。
 するとそれに反応して、体をびくつかせると、長女である佐々木さんの後ろに隠れる。

「お、お姉ちゃん。シンデレラが…」

 急にフラれた長女がびっくりする。
 でもなんとか演じようと奮闘する。

「シ、シ、シンデレラ。早く洗い物をやりなさい」

 長女に言われたら何も言い返せない。
 私は下唇を噛み、仕方なく洗い物をすることにした。
 一言だけ添えて…

「妄想劇が終わったら覚えてらっしゃい…」

 私は鋭い目をしてなるべくドスの効いた声で次女に言った。
 すると、次女の顔が真っ青になった。

「し、し、仕方がないから今日だけ手伝ってあげるわ」

 次女は慌てて洗い物を手伝いだした。
 ちなみに長女も手伝ってくれた。
 結局3人で洗い物をした。
 洗い物を終えると、妄想劇が再開される。

「おねえちゃん、お城から舞踏会の招待状が届いたわ」
「これって王子様の婚約者を見つけるための舞踏会って聞いたわ」
「キャーおめかし、しなくっちゃ」

 突然、次女だけいなくなった。
 すると、エプロンを装着して戻って来た。
 それを見た私と佐々木さんは笑ってしまう。
 エプロンは加工され、フリフリがつけられていた。

「あはは、何それ?」
「頑張ってつけました。すぐに取れるように簡単に縫ってあるから大丈夫だよ」

 妄想劇は再開する。

『そうして、長女と次女は舞踏会に出席するために城へ出発しました。しかし、シンデレラだけはいじわるな義姉に家事を課せられ、まだ家の中にいました。掃除をしながら1人で泣いています』

 私は床に座ってしくしく泣く演技をした。

『しかし、あれがそうしてこうして、シンデレラは城へ行けることになります』

「ちょっと!!何よ今の!!端折っているじゃない!!」

 すると、彼は「静かに」というジェスチャーをする。

「演技中です」

 くそっ。私がシンデレラ役になったから改編したのね。

『そうして、お城についた3人は王子様を目にします。王子様はさわやかで白い歯が似合うナイスガイでした。そこら中から感嘆の声が上がります』
「キャー」
「キャー」
「キャー」

 ちなみに王子様はこの前言った通り、ぶたのぬいぐるみだ。
 ナイスガイの微塵の欠片もない。

『そして、舞踏会が始まります』

 彼がいきなり携帯をいじり出す。
 そして彼の携帯から「マイムマイム」が流れ始めた。

「さぁ、踊るよ!!」

 私と佐々木さんは慌てる。
 マイムマイムって…
 本当に踊らなきゃいけないの?
 いや、踊らなきゃいけない。
 なぜなら妄想劇中の彼の言うことは基本的に絶対なのだ。

 仕方が無く、私たちは手を繋いでマイムマイムを踊り出す。
 小学校で踊った以来だ。
 でも3人共しっかり覚えていた。
 しっかり王子様役のぶたのぬいぐるみも参加していた。
 久しぶりにカップ麺の3分より長い3分を体験した。
 佐々木さんは笑いながら踊っていた。

『一通り踊り終えた王子様はある女性に声を掛けます』

 ぶたのぬいぐるみを持った王子様が私の方へ近づいて来る。
 シンデレラストーリー、ここからね。

『王子様が声を掛けたのは、シンデレラ…ではなく、シンデレラの義姉である長女と次女でした』

「————!!」

 私の顔を見た彼がナレーションを続ける。

『困惑するシンデレラ。あれ?私のはずじゃ…でも違いました。王子様が恋をしたのはシンデレラではなく、義姉の長女と次女でした。そう、この2人は性格に難あれど、とびっきりの美女だったのです』

「2人には、結婚を前提としたお付き合いをさせていただきたい。私の想いに答えてはくれぬだろうか?」

 急な展開に困惑する長女、佐々木さん。
 次女が肩を叩き、長女に黙って頷く。
 すると長女も頷き返した。

「喜んで」
『続いて、次女も』
「喜んで」
『こうして、長女と次女は王子様と付き合うことになりました』

「ちょっと!!私は——」

 黙って手を制す彼。

『性格の悪かった次女たちですが、その後しっかりと教育し直され、王族としてふさわしい者へと変貌を遂げます』

 すると、次女が私の方へ向かってくる。

「シンデレラ、今までいじわるしてごめんなさい。これからは手を取り合って生きていきましょう」

 笑いをこらえる佐々木さん。
 私は次女へ怪訝な表情を見せる。
 妄想劇であったとしてもムカつく。

『その後、長女は正室に、そして次女は側室として迎え入れられました。反対にシンデレラは「世の中不公平だ」とやさぐれてしまい、飲んだくれになってしまいましたとさ、お終い』

 そのまま妄想劇は終わってしまった。

「ヒロくん、弁明は?」
「だってしょうがないじゃん、にゅーシンデレラなんだから」
「ん?何よ、にゅーって」
「台本の表紙に書いてあるじゃん」

 私は台本を見る。
 すると、小さな文字で「にゅー」と書かれてあった。

「あはははは」

 佐々木さんは声を出して笑っていた。
 私は監督兼脚本家兼次女役のフリフリのエプロンをつけた彼に襲いかかる。
 
「ギブッ!!ギブッ!!」
 
 私は見事なまでにエビぞり固めを決めた。
 佐々木さんはそれを見て笑う。
 まぁ、妄想劇で佐々木さんはハッピーエンドになれたし、現実でもこうやって笑ってくれているのだ。
 良しとしよう。

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