第15話 命への冒涜

「あっ!!また出やがった!!」
 男は近くにあった雑誌を丸める。
「おめぇら、気持ちわりぃんだよ!!」
 男が気持ち悪いと呼んでいるもの、それはゴキブリのことである。
 男は壁にいるゴキブリに向かって思いっきり雑誌を叩きつけた。
 先ほどまでカサカサと動いていたのに、ゴキブリは見るも無残な姿に変わり果てた。
「よし、駆除完了」
 男は死んだゴキブリを雑誌ですくいあげ、そのまま雑誌ごとゴミ箱へ捨てた。
 ゴキブリを片づけ一息つく男。
「なんか最近ゴキブリよく見るなぁ。次出たらタダじゃおかねぇ」
 そういって男は布団にもぐった。

 ―1週間後—
 男は腹が減ったので、何か作ろうかと台所へ移動する。
「————!!」
 先日から1週間しか経っていないというのに…またゴキブリが現れた。
「ふざけんな!!」
 我が物顔でシンクに居座るゴキブリ。
 しかし、男に見つかったゴキブリは急に動きがせわしなくなる。
 男は用意していた袋を構える。
 そして、ゴキブリは誘導されるように袋の中へと入っていった。
「よし、捕獲完了」
 男は袋をしばり、ゴキブリが出られないにした。
 袋の中ではゴキブリがガサゴソと動き回っている。
「…こいつらにも恐怖心ってあんのかな?」
 男は一度ゴキブリが入った袋を置いた。
 すると、男はフライパンを用意し、そしてガスに火を点けた。
 強火で熱せられたフライパンはすぐさま温まり、白い煙が立つ。
 男は料理をするためにフライパンを温めたのか?
 いや、違う。
 ゴキブリを焼き殺すために火をつけたのだ。
 男はゴキブリが入った袋を持ち上げる。
「…じゃあな」」
 男は袋の結びをゆっくりと開く。
 そして、熱せられたフライパンの上にゴキブリが落ちるように傾ける。
「………」
 男はフライパンの火を止めた。
 もう一度袋を結び、ゴキブリが出られないようにした。
 そして、いつものように雑誌を丸め、ゴキブリを叩き殺した。
「よし、駆除完了」
 男はゴキブリの死骸が入った袋をゴミ箱の中へと放り込んだ。

 結局、男はゴキブリをフライパンで焼き殺さなかった。
 これはフライパンが汚くなるから止めたのではない。
 男にとって、フライパンでゴキブリを焼き殺そうとする行為が命の冒涜だと感じたのだ。
 しかし、そのあとすぐにゴキブリを叩き殺している。
 殺すことに何らためらいはないのだ。

 男は不思議な感覚に陥っていた。
 害虫だと思っているゴキブリに対し、同情と表現するには過剰だが、それに近い感情を抱くなんて。
 命を奪うことには変わりはない。
 ただ、命を弄ぼうとしている自分に嫌悪感を抱いたのだ。
 しかし、こんなものは感情論だ。
 だって殺し方が違うだけだから。
 もしも、ゴキブリがものすごく硬い昆虫で、焼き殺すことでしかできないのであれば、男は何のためらいもなくゴキブリをフライパンに投じていただろう。
 そう、全ては自分の匙加減なのだ。
「エゴだよなぁ、エゴ」
 男は考えるのを止めて、飯を作ることにした。

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