第85話 兄:パチスロを覚える。弟、興味を持つ

 兄は大学生になり、ギャンブルを覚えた。
 それがパチスロだ。
 当時はパチスロ人気が凄まじかった。
 今じゃ信じられないかもしれないが、テレビ特集でパチスロのことが取り上げられるほどだった。
 加えてバラエティ番組でもパチンコ・パチスロが放送されるほどで本当に盛り上がっていた。
 兄も見事に釣られてしまった。
 大学生の兄はほとんど家にいなかった。
 ボクシング始め~の、バイト始め~の、ギャンブル始め~の…
 本当に家にいなかった。
 おかげでボクは快適ライフを過ごさせてもらったほどだ。

 そんな、ある日…たまたま兄は早く帰ってきてパチスロの話を始めた。
 最初、兄がパチスロの話をした時はものすごく嫌悪感を抱いた。
「お兄ちゃん、パチンコなんてやってるの!?」
「パチンコじゃないよ、パチスロだよ」
 うぶな僕にはパチスロの存在など知らなかった。
 パチンコ屋にあるのはパチンコだけだと思っていた。
 それほど僕にとって興味のないもので、自分の人生にとって無縁のものだと思っていた。

 兄はそれからもボクにパチスロの話をした。
「3万円勝っちゃった!!」
「今日は2万円勝ったよ!!」
 僕は決まっていつも同じ言葉を口にした。
「あっそ」
 全然興味を示さなかったのだ。
 兄は勝った報告しかしてこなかった。まぁ気持ちは分かる。
 弟に負けた報告などしないだろう。

 しかし、ある日の兄の活動報告が、ボクにパチスロの興味を抱かせてしまった。
「—ガラガラガラ!!」
 いつも通り兄はノックもせずに僕の部屋に入って来る。
 その日の兄はいつもより興奮していた。
「おい、これ見ろよ!!」
 兄はPORTERの二つ折りの財布を僕の机の上に置いた。
 当時は長財布なんて流行っていなかった。二つ折りの財布が当たり前だった。
 しかし、その財布。どこかおかしい。
 二つ折りの財布が折れ曲がることを拒んでいるように見えたのだ。

 財布のみならず、世の中には「折りたたみ」という名前の付いた商品がたくさんある。
 そんな「折りたたみ」の名が付いた物が、共通して求められることは何か知っているだろうか?
 そう、折りたたまれることだ。
「折りたたみ」という名が付いたからには折りたたまれなくちゃいけない。
 それが義務なのだ。
 しかし、このPORTERの二つ折りの財布は折りたたまれることを拒否していたのだ。
 それはなぜか?
 その財布の中に大学生に似つかわしくないたくさんのお札が入っていたからだ。
「…ゴクリ」
「お兄ちゃん、いくら勝ったの?」
「今日26万勝ったぞ!!」
 26万。バイトもしたこともない僕にとって、その金額は途方もなく大きな数字だった。
 果てしなく、そして圧倒的だった。
 26万円あれば、欲しいゲームがいくらでも買える!!マンガも好きなだけ買える!!

 パチスロってすげぇ!!
 その瞬間、僕がパチスロに対する嫌悪感は完全に無くなっていた。
 それが決定打だった。
 だがボクはまだ高校生。
 ギャンブルをしちゃいけない年齢だ。
 だからボクはただ静かに待った。
 大学生になったら…必ず!!

 そしてボクは念願の大学生になる。
 もちろん兄に連れて行ってもらった。
 兄はせっかくなら優良店に行こうと電車に乗って遠出することにした。
 行きの切符を買うときに兄がボソッとボクに呟いた。
「往復で買え。帰りの切符は絶対に一緒に買っとけ」
「え?うん、分かった」
 意味がよく分からなかったがボクは言われた通り、往復分の切符を購入した。

 そして数時間後、ボクは兄が帰りの切符を買えと言った意味を理解した。
 ボクの財布はスッカラカンだった。
 見事に負けた。
 ケツの毛まで抜かれた。
 湯水の如くお金が消えた。
「帰りの切符は絶対に一緒に買っとけ」
 そういうことか。
 熱くなって、帰りの電車賃のことを計算せずに使ってしまう。
 そういうことだったのだ。

 良い社会現況になりました。
 ギャンブルは楽しいが、恐ろしいものでもある。
 そしてほぼ勝てない(笑)
 兄もボクも今ではすっかり足を洗っております。
 みなさま、のめり込みにはご注意を。

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