妄想その8
今日は金曜日!!…ではない。
金曜日の翌日の土曜日である。
本来なら妄想劇は行わないんだけど、彼は急に「妄想劇をやります!!」と言って来た。
それもそのはず。
昨日の田中くんの件で、彼は嫉妬の炎に駆られたようで、あれから新しい脚本を考え始めたのだ。
私はいろいろと疲れたのですぐに眠ってしまった。
休日は特に用事がなければ2人とも遅起きだ。
彼がいつまで起きていたか知らないけれど、今の彼は別に眠たそうな顔はしておらず、スッキリした顔をしていた。
そして今、私たちは仲良くお昼ご飯を食べている。
食事を終えた彼はすぐに食器を洗い出す。
洗い物が面倒な私にとって、嫌な顔せず洗い物をする彼には尊敬の念を抱いてしまう。
「洗濯物を干す作業の方が100倍めんどくさい」
そんなことを言っているうちに彼は食器を洗い終えた。
「さてと…姫、本日の台本です」
「ふぁ~い」
私はあくびを織り交ぜたような返事をし、台本を受け取る。
台本を開いて内容を確認…なになに、今日の舞台は青春真っただ中の高校生か。
「ハナちゃん…制服って持ってないよね?」
「あるわけないじゃない、実家じゃあるまいし。それに実家に帰ったところでもう捨てちゃったと思う」
「そうかぁ…ないのかぁ。じゃあちょっと買ってくるしかないのかなぁ?」
「???」
こいつは何を言ってるんだ?
「買ってくるって?どこで?」
「いや、アダルトショップで。でもどうしてもエッチ路線になっちゃうんだよなぁ。あっ!!っていうかあそこのお店最近潰れたんだ」
「あん?」
「最近」という単語に私の左の眉と目が吊り上がる。
私の顔を見て彼はようやく気付き、目を見開いて右手で口を覆う。
しかし時すでに遅し。
私は彼の両頬を思いっきり引っ張る。
「ごべんばざい…」
「もう行かないか!!もう行かないって言え!!」
「行ぎばべん゛!!」
私は彼の頬から手を離してやった。
引っ張った彼の頬はちょっぴり赤くなっていた。
「まぁ、今はもうネットの時代だしね」
全然反省してなかった。
「でもどうするの?制服ないよ。ってかヒロくんも制服持ってないじゃん」
「無かったら別にいいんだ。ハナちゃんの制服姿がちょっと見てみたかっただけだから」
「ならいいけど…あっ!!高校時代の体操着ならある!!」
今は使わなくなってしまったが、大学時代に寝巻用でずっと愛用していた体操着があった。
私はそれを衣装ケースから引っ張り出し、久しぶりに着てみる。
「どう?」
とりあえず回ってみた。
「いや…あれだね…きついね」
「………てめぇこの野郎!!」
私は再度彼に襲い掛かった。
彼はまた悲鳴を上げていた。
「いやぁ、ちょっとそのジャージがダサすぎるよ」
「そんなこと分かってるわよ!!でもこのジャージには私の青春が詰め込まれているんだから」
「あとあれだね…年齢的にやっぱりきついね」
「…ヒロくんはほっぺをどうしたいの?ちぎられたいの?」
「いえ…そんなことは…」
でも彼の言う通りだった。
現在の私の年齢は27歳。
時間の流れというものは時に残酷で、10年という時間は私の高校時代の初々しさを失うには十分過ぎるほどの時間だった。
「で、どうするの?オシャレっぽい運動着に着替えようか?」
「いや、それで行こう。やっぱりちょっとでも高校生らしさが欲しい。それに見慣れてきた」
「見慣れてきた」という言葉にピキっと来たが、もう何も言わないでおいた。
その後、彼も部屋着から運動着に着替えていた。
「こういう手間が大事」とのこと。
——————
さて、今日の私の立ち位置は容姿端麗、成績優秀でおまけに性格の良い非の打ちどころがない女の子。
スクールカーストの頂点に君臨し、「高嶺のハナ」と呼ばれていた。
まぁ男の妄想に出て来てくる定番ってやつね。
そんな私にいろんな男子が告白するも私は全て断っており、男の影など全く見えなかった。
「高嶺のハナ」は「孤高のハナ」でもあった。
今日はナレーションを読む指示がされていた。
彼の指示ならばと私は文章を読み始める。
『昼休み…私は購買でパンを買い、教室に戻る』
ちなみに小道具として焼きそばパンを持っている。
「ねぇ、これ後で食べていい?」
「ちょっと!!今、妄想中でしょ!!」
怒られてしまった。
私は高値のハナに戻り、教室に戻るという演出をするために、適当にそこら辺を歩く。
誰かに見られていなくても恥ずかしい。
…妄想に戻ろう。
『教室へ戻る途中、私と擦れ違った下級生の男の子たちが何やら話している』
ちなみに私以外の登場人物は全て彼がしゃべることになっている。
忙しいこって。
「おい、あれ高値のハナ先輩じゃん」
「かわいいよなぁ、ハナ先輩。あの人と付き合う男って一体どんな男なんだろう?」
「…俺だ」
「は?お前何言って——」
「俺、ハナ先輩に告白する!!」
「止めとけって!!」
『もちろんその会話は私には聞こえない』
『彼らは私に聞こえないように話しているし、私も彼らを気に留めることはないからだ』
『告白してもしなくても結果は同じ』
『私が付き合うことはない』
『お昼はいつものように仲良くしている男女の友達と食べた』
『彼らも私と同じくカースト上位と呼ばれる存在だった』
『所謂、「陽キャ」というやつだ』
『食事も終え、彼らと楽しく談笑していると、1人の男性が教室に入って来た』
『その人はまっすぐ私の方へ向かってくる』
「ちょっとごめんね」
『私の周りにいた子たちはその人に道を開ける』
『その人が上級生であったのもそうだが、それよりも彼らは明確にその人が格上だと感じたのだろう…スクールカーストというやつが…』
『その人は決して態度が悪いわけではないが、自分が上の立場であることを自覚しているような感じがした』
「ねぇ、あの人ってサッカー部のキャプテンのモテ男先輩じゃない?」
「カッコいいよねぇ、あの人もハナちゃんに告白するのかなぁ?」
『教室の隅にいた女子がそんなことを言っていた』
『まるでエンタメだ』
「向田ハナさんだよね?ちょっと今、時間あるかい?」
モテ男先輩…現実の私の目の前にあるのはブタのぬいぐるみだった。
こんなぬいぐるみあったっけ?しかも売り物とは思えないほど下手くそだ。
胸には「モテ男」という小さな紙が貼られていた。
思わず吹き出しそうになったが、笑ったら彼に怒られるので必死に我慢した。
演技に戻る。
「…いいですけど」
「ここじゃあなんだから、ちょっと移動しようか」
「…はい」
『私は立ち上がり、移動する』
『そのとき私の周りにいた男の子は不安そうな顔をしていた』
『モテ男先輩はエスコートのためか軽く私の腕に触れていた』
『慣れている』
『私は教室を出るとき、チラッとある方向を見た』
『私に目に映った彼は私の方を見ていた』
『けれどもすぐに視線を反らし、そっぽを向いてしまった』
『私はモテ男先輩に連れられ、廊下を歩く』
『他クラスにいる生徒からたくさんの視線を浴びた』
『試しにモテ男先輩の顔を見たら、恥ずかしそうにする素振りを見せない』
『寧ろ余裕があり、私の視線に気づくと微笑み返すほどだった』
…はぁ、ちょいと疲れた。
「ねぇ、ちょっとナレーション長くない?」
「ハナちゃん!!」
「………」
仕方がないので私はまた部屋の中をてくてくと歩いた。
『私はモテ男先輩に連れられ、校舎裏にまで連れて来られ——』
「——ってベランダぁ!?ちょっと中に入ろうよ!!」
「ダメだよ、校舎裏なんだから!!」
「外は嫌って言ったじゃない!!」
「いいえ、ここは外じゃありません!!」
私はため息を口から出さず、鼻から思いっきり出した。
「このシーン、すぐ終わるから」と言われ、さっさと終わらせることにした。
「ハナさん、ボクと付き合ってください」
『モテ男先輩は手を差し伸べて来た』
『顔も言葉も態度も全てが自信に満ち溢れていた』
「あの…せっかく告白してもらったんですけど…ごめんなさい」
『私は頭を下げた』
『頭を上げると、モテ男先輩はびっくりした表情をしていた』
『まるでフラれるなんて思っていなかったような』
ちなみにこの驚いた表情はぬいぐるみだと表現できないので、代わりにぬいぐるみを持っている彼がしていた。
どこまでも細かい。
『私はもう一度「ごめんなさい」と言って、足早にその場を後にした。』
『教室に戻ると、仲の良い子たちが私に寄って来る』
「告白されたの?」
「…うん」
『女の子たちは軽く黄色い声を上げていた』
『反対に男の子たちは悲壮な顔をしていた』
「で、どうするの?付き合うの?」
「ううん、お断りさせてもらった」
「えぇー勿体無い!!」
「モテ男先輩でもダメかぁ」
『女の子たちは楽しそうに笑っていた』
『多分、どう転んでも彼女たちは楽しそうにするのだろう』
『それほど彼女たちは恋バナに飢えている』
『一方、男の子たちは私が断ったと聞いてとても嬉しそうな顔をしていた』
——————
『放課後、授業が終わった私の周りに陽キャの子たちが集まる』
「ねぇ、テスト前で部活もないから今日はカラオケでも行かない?」
「おぉ、行こうぜ、行こうぜ!!」
『女の子たちは軽いノリだったけど、男の子たちは懇願するような顔をしていた』
『でも私は断る』
「ダメだよ、ちゃんと勉強しないと。それに私お母さんに買い物を頼まれているの。ごめんね。じゃあね」
「っちぇ~」
『ついでに一緒に帰ることもやんわり断らせてもらった』
『私は急いで学校を出る』
『走って辿り着いた場所は自分の家ではなかった』
『慣れた手つきでインターホンを鳴らす』
「…カギ空いてるよ」
『インターホン越しのその声は投げやりな声だった』
『私はすぐに家の中に入る』
『勝手にカギを閉め、靴を脱いで急いで階段を駆け上がる』
『まるで自分の家のように私はその家のことを知り尽くしていた』
『私は目的地の部屋にたどり着き、勢いよく扉を開ける』
『すると、彼はベッドの上でうつ伏せになっていた』
もちろん彼はベッドに移動済みだ。
『私はそのベッドに向かってダイブした』
「実際にやれ」と書いてあるので本当にダイブした。
「——うっ!!」
「ごめん」
セリフにあった言葉だが、2人とも演技無しに普通に出た。
「ごめん」
「いいよ、別に」
「このことじゃない…今日のお昼のこと!!…怒ってたもん、教室から出るとき」
『今私が抱き着いているのは、教室から出るときに目が合った彼』
『学校では陰キャと呼ばれた大人しい子だった』
『高値のハナで孤高のハナである私は、彼と付き合っていたのだ」
「怒ってないよ」
「怒ってたもん」
私は彼をより一層強く抱きしめる。
「私…ヒロくん以外の男の人に興味ないから。ヒロくんだけだから」
するとそれに反応するように彼も強く抱きしめる。
「俺もハナちゃんが大好きだ。誰よりもハナちゃんが好きだ。ハナちゃんは誰にも渡さない!!」
私はそれを聞いて顔を彼の胸にうずめる。
『私が男に興味がない理由。それは私には大好きな人がいるからだ』
「お・し・ま・い」
言い終えた私は彼から離れ、横に寝転び大の字になる。
「あ~疲れた~」
「いい、すごく良かった今日のは!!大満足です。私の嫉妬の炎は沈下しました」
それを聞いて思わず笑みをこぼす。
「それはようござんした…私はナレーションがものすごく疲れました」
「お疲れさまでした。姫」
「ほんと、お疲れちゃんよ~」
「あ、お茶でも入れましょうか?」
「ちょうだい、ちょうだい…そうだ!!焼きそばパン!!」
私はベッドから飛び起きる。
そして焼きそばパンを頬彫りながら私は彼に問う。
「ところでこのブタのぬいぐるみどうしたの?」
「作った」
「本当に?あはははは」
私の笑い声が窓を開けたままのベランダにまで通る。
「うふふ…劇でもやっていたのかな?」
お隣の佐々木さんに私たちの恥ずかしい声は筒抜けだった…
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