第66話 兄:のびた

 ある日のこと、ボクは「クロノ・トリガー」というゲームをやろうとしていた。
 このゲームはスーパーファミコンで発売されたゲームで爆発的な人気を得た。
 今でこそ合併したが、当時はまだ別会社であった「エニックス」と「スクウェア」がタッグを組むことが衝撃的で、発売前から話題を呼んだ。
 ボクも兄も見事にハマった。
 めちゃくちゃ面白かった。
 控えめに言って、最高だった。
 ボクはこの「クロノ・トリガー」を何度も何度もプレイした。
「強くてニューゲーム」という、クリアしたときの状態で新しくゲームをプレイできるからだ。
 今でこそこのシステムは普通だが、当時は新鮮だった。
 主人公クロノとその仲間たちは何度も何度も同じ世界を繰り返す。
 クロノたちの前にたちはだかる敵も瞬殺。
 サクサクとゲームを進めることができた。

 何度もそれを繰り返すうちに、ボクはマンネリを感じていた。
 手ごたえのない敵と戦うことに飽き飽きしていた。
 そしてボクはある結論に至った。
「またレベル1からやり直そうかな?」
 レベルが80近くあったデータを消し、もう一度やり直すことにしたのだ。
 人生の再出発。
 初々しいクロノに戻ることに決めたのだ。

 ボクはどこかウキウキしていた。
「これから新しい冒険が始まるんだ」
 新鮮味を感じていたのだ。
「よし、やるぞ!!」
 ボクは「強くてニューゲーム」ではなく、「ニューゲーム」のボタンを押した。
 そこからまた新しい「時」が動き出す。

 そんなとき、アイスを口に咥えた兄が現れた。
「ん?お前またクロノ・トリガーやるの?」
「うん、レベル1からやり直す」
「ふ~ん…ちょっとコントローラー貸してみ」
「ん?…はい」
 そのとき、ゲーム画面は主人公の名前を決める画面になっていた。
 一応ゲーム設定で「クロノ」という素敵な名前がある。
 しかし、兄はそれを削除した。
 そして代わりに打ち込んだ名前が「のびた」だった。
 ボクは兄に怒った。
「ちょっと~!!やめてよ~!!」
「うるせぇ、おめぇなんてこれで十分じゃ」
 主人公の名前は「のびた」になってしまった。
 ボクは慌ててゲームをリセットした。
 そして改めてやり直そうとすると、また兄はコントローラーを奪い、「クロノ」を「のびた」に変えた。
「………」
 ボクは「のびた」でプレイするしかなかった。
 ゲーム内では「マール」や「ルッカ」という主人公の仲間が「のびた、のびた」と呼んでくる。
 今まで「クロノ」と呼んでくれていたのに…
 一気に感情移入ができなくなってしまった。
 すごく悲しかった。

 あれからというもの、ボクは主人公の名前を「のびた」で統一した。
 初めから設定された名前があればあまりいじらなかったが、変えてみたいと思ったときは必ず「のびた」にした。
 ボクはのびた狂になってしまったのだ。
 ドラクエなんて、主人公が「あなた」とされているものだから、みんな「のびた」にした。
 ドラクエ1~11まですべての作品で「のびた」にした。
「のびた」は世界を救う勇者であり、魔王を打ち倒す者であった。
 そしてこれから先に発売されるドラクエ12も主人公は「のびた」になる。
 これからもずっと「のびた」は世界を救い続けるのである。
 ドラえもんに出会うその日まで…
 


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