妄想その12

 ―日曜日—

 佐々木さんと一気に打ち解けた金曜日。
 このチャンスは逃すまいとすぐに妄想劇を行うことにした。
 急だったが、佐々木さんは喜んで承諾してくれた。
 なんでも休日はほぼ年中空いているそうだ。

「さぁ、やりましょう!!」

 ——————

 前日、急遽脚本を書くことになった彼。

「あぁ~ダメだ、全然思い浮かばない」

 どうやら脚本に悩んでいるようだ。
 それは多分、いつものエッチな妄想劇を禁止しているからだろう。
 人前でいちゃつくのは抵抗がある。
 彼は相変わらずラブストーリーと主張しているが…
 ちなみに佐々木さんから1つだけNGを出された。
 それは外での妄想劇。
「絶対に阻止するから安心して下さい」と言っておいた。

 ——————

 これから健全な妄想劇が始まる。
 私としてはどんな内容になるのか少しだけ興味があった。

「では、これが台本になります」
「わぁ台本だぁ」

 佐々木さんの嬉しそうな顔。
「そこまで期待しちゃダメ!!」と言いたかった。
 まぁとりえあず今日の内容を確認しよう。
 今日の内容は…ん?「桃太郎!?」
 彼の顔を見たらてへぺろの表情をしていた。
 こいつ…思いつかなかったから童話に頼りやがった。
 …しょうがないか。

 配役は…私はおばあさん。
 彼がおじいさんで、佐々木さんが桃太郎か。
 これは華を持たせた感じなのかな?

「ナレーションは佐々木さんで行きましょう」

 彼が指示をする。
 彼の命令は絶対であることは事前に説明してある。

「えっ?私そんな大役いいんですか?」
「えぇ、佐々木さんにお願いします」
「うぅ~緊張する」
「佐々木さん…そんなに真剣にならなくて大丈夫ですから」

 私は一応言っておいた。

「じゃあ行くよ。よぉーい、アクション!!」

『昔々、あるところにおじいさんとおばあさんがいました』
『おじいさんは山へ柴刈りに』
『おばあちゃんは川へ洗濯に』

 すると、彼がかごに入れた洗濯物を渡してきた。

「ちょっと、何これ?」
「何って洗濯物だよ。はい、おばあさん。あ、下着は入れてないから大丈夫だよ」

 これぞリアリティ。
 佐々木さんは驚いていたけど、すぐに笑い出した。

『おばあさんは川まで歩いている途中、あるお店を見つけました』

 あ、私の番だ。

「あ、コインランドリーあるじゃん!!ラッキー…って何よこれ!!」

 彼は「シーッ」とジェスチャーをする。

『おばあさんは少しサボり癖がありました』
『おばあさんは迷うことなくコインランドリーへ入り、文明の力を大いに利用することにしました』

 このばばあ、最悪じゃないか。
 佐々木さんはナレーションをしながら笑っていた。
 ちなみに洗濯物は本当に洗ってなかったので洗濯機の中に入れて稼働させた。

『おばあさんは洗濯が終わるまの時間、長椅子に座ってうたた寝を始めました』
『一方、おばあさんが洗濯する予定だった川では上流から大きな桃が流れて来ます』

「出番です、佐々木さん」
「はい!!」

 彼は佐々木さんにダンボールで作った桃を渡した。

「どんぶらこ~、どんぶらこ~。あれ、おばあちゃんがいねぇ!!」

『桃太郎は何やらおかしなことを言っています。まるで今日ここでおばあさんと出会うことが分かっていたような…』
『それもそのはず、桃太郎は何と生まれ変わりだったのです。今流行の転生者というやつです。桃太郎は神のお告げにより、ここでおばあさんと出会い、鬼退治をする運命だと、事前に聞いていたのです』
『ですが…ですが…おばあさんがいません!!』

「おばあちゃんが、おばあちゃんが」

『桃太郎は流れに逆らおうと抵抗しますが、桃の中では何もできません。そのまま誰にも気づかれることなく流されて行きました』

「すごいですね、この内容…ゲームオーバーじゃないですか…」

 思わず本音が漏れる佐々木さん。

『コインランドリーでは、洗濯の終わりを告げる音と共におばあさんは目を覚まし、終わった洗濯物を取り出します。そして何食わぬ顔をして家へ戻って行きます』
『家の前でばったりとおじいさんと出くわします』

「おばあさん、今帰りかい?」
「えぇ、ただいまおじいさん」
「…またコインランドリー使ったじゃろ?」
「エヘへ、バレました?」
「寝ぐせがついているからな…でも安心してくれ。ワシもサボって買い物に行った。ほれ、土産じゃ」

『何とおじいさんもサボっていたのでした』

「何これ?ヒロくんこれどうするの?」
「まぁまぁ続きがあるから」

『おばあさんは家の中へ入り、おじいさんが持って帰って来たお土産の袋を開けます』

 次の私のセリフは「素直な感想をどうぞ」と書かれていた。
 とりあえず私は袋を開ける。

「何これ!?なつかしい~ゲーム」

 ナレーション担当の佐々木さんもアドリブを入れる。

『おじいさんが持って帰ってきたもの、それは懐かしいマリモカートでした』

「おばあさんや、マリモカートしよう」
「えぇ?い、いいよ」

『こうして、サボり癖のあるおばあさんとおじいさんは、運命の因果律に逆らい、ほどほどにサボり、楽しく暮らしましたとさ?』

「えっ?これで終わりですか?」
「大丈夫です、次ページを」

『半年後、今日も仕事をサボり、ゲームをしているおじいさんとおばあさんの元へある男の子がやって来ます…それは鬼を引き連れた桃太郎でした』

「「えー!!」」

 急展開に私と佐々木さんは声を上げて驚く。

『なんと川で拾ってもらわなかった桃太郎はそのまま鬼ヶ島までたどり着き、鬼に育て上げられたのです』
『そして桃太郎はゲームをしているおじいさんとおばあさんに宣戦布告します』

「勝負だ!!」

『こうして世界の命運を賭けたマリモカート対決が始まるのでした…』

「…ヒロくん、お終い?」
「うん…後はマリモカート対決してお終りのつもり」
「…またぶっ飛んだ世界観ね」

 こうして私たちは台本に則ってマリモカートを始めた。
 意外に面白かった。

 妄想劇を終えた私たちは彼が昨日買ってきたプリンを頬張る。

「なんだか今日の妄想劇、マリモカートやるための前振りみたいな感じだったね」
「うん、妄想劇のお試しって感じで。佐々木さんどうでした?楽しめました?」
「えぇ!!とっても!!劇も面白かったし、こうやってみんなでゲームするのも久しぶりだし。最高でした」

 満面の笑みの佐々木さん。
 本来なら文句の1つでも言っていいだろうに…ポジティブだ。
 だがこれほどまで素敵な笑顔を振りまかれるとこちらも笑顔になってしまう。
 こちらとしても佐々木さんの笑顔を見られたのなら私たちとしては大満足だ。

「よぉーし、今度は本格的にラブストーリーで行こう!!」

 新たな妄想劇に闘志を燃やした彼なのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?