妄想その17止

 ―1年後—

 その日もいつものように妄想劇が始まろうとしていた。
 でも今日は少しだけ違う。
 今日の監督兼脚本は私が担当した。
 それに佐々木さんは申し訳ないけれど、妄想劇のお客さんとして参加してもらうことにした。
 私は彼に台本を渡す。
 そしてその台本を見て彼は驚く。

「「はい」か「いいえ」でお答えくださいって書いてあるけど、どういうこと?」
「今日は私の一方的な演技になるから。タイミングが来たら分かるから答えて」
「う~ん…分かった。それと佐々木さん、今日は見学してもらうことになっちゃってごめんなさい」
「いいの。私のことは気にしないで。楽しみにしているから」

 佐々木さんは満面の笑みで私たちに拍手を送った。
 私はその拍手に頷き、大きく深呼吸をする。
 妄想劇が始まる。

『ハナという女はヒロ君という1人の男と出会いました』
『それは偶然かなのか?それとも必然なのか?あるいは両方なのか?どれだけ考えても答えは出ませんが、とにかく2人は出会いました』
『ハナはヒロ君に恋をし、そしてヒロ君もハナに恋をしました。そして2人は付き合います。これは…必然と言ってもいいでしょう』

「なんだか恥ずかしいな」

 私と佐々木さんは口に手を当て、彼に静かにするようジェスチャーをする。
 彼は照れ臭そうにしていた。

『しかし、ヒロ君という男性はいろいろ残念な部分がありました。客観的に見て、全然カッコよくありません。頑張って主観的に見ても…やっぱりカッコいいとは言えません』

「おいおいひどいなぁ」
「「 しー 」」

『まだまだあります。優柔不断にも関わらず妙に凝る癖があります。おまけに恥ずかしがり屋で臆病でいい歳こいたおっさんなのに初対面の人とはあまり上手く話せません』

「面目ない…」

 佐々木さんがクスクスと笑う。

『おまけにエッチで変態で、ハナに隠れてエロ動画サイトを毎日あさる始末』

 私はギロリと彼を睨む。
 佐々木さんも流し目を向けている。

「ま、毎日じゃないよ。毎日じゃ。3日に一度くらいだよ。3日に」

 私たちは大きくため息を吐いた。

『挙句の果てに欲情を抑えきれずに妄想劇まで始める始末。ハナは日々、ヒロ君に驚かされてばかりでした』

「すいませ~ん」

 それを見て私たちは微笑む。

『でもヒロ君には良いところがたくさんありました』

「おっ?これからいい場面かい?」
「「 しー!! 」」

 私たちは怪訝な表情をして彼を黙らせた。

『ヒロ君はいつもおいしいご飯を作ってくれます』
『ヒロ君はいつも面倒臭い洗い物をしてくれます』
『ヒロ君はいつも家事をしてくれます』
『ヒロ君はいつも忘れずにテレビを録画しておいてくれます』
『ヒロ君はいつも裏返しにした靴下を元に戻してくれます』
『ヒロ君はいつもとりあえず頼めばなんでも聞いてくれます』

「………」
「まぁ冗談はさておいて…」

 私は台本を置く。

「ヒロ君はいつも私が出かけるときは笑顔で見送ってくれます」
「ヒロ君はいつも私が帰って来たら笑顔で出迎えてくれます」
「ヒロ君はいつも私の話を嫌そうな顔をせず笑顔で聞いてくれます」
「ヒロ君はいつも私が落ち込んでいるときは気が付いてくれます。そんなときは必ずひざ枕をしてくれた優しく頭を撫でてくれます。そして私を必ず笑顔にしてくれます」
「ヒロ君はいつもどんなときでも笑顔でいてくれます…私のために」
「それはヒロ君がいつもいつもいつもいつもいつも…私を大切にしてくれるからです」

 私は知らずのうちに涙ぐんでいた。
 でも泣かないぞ。
 笑顔だ笑顔。

「私はそんなヒロくんが大大大大大好きです」

 私はポケットをまさぐり、取り出した物を彼へと突きだす。

「ヒロ君、私はあなた無しじゃ生きられません。だから私と結婚してください」

 私は彼に逆プロポーズをした。
 怖くて目をつむりたかったけど我慢して、頑張って笑顔を作った。
 彼は驚いた表情をしていたけれど、すぐに嬉しそうな顔をしてこっちを見て返事をした。

「はい…よろしくお願いします」

 その瞬間、佐々木さんが大きな拍手をし出す。

「おめれろう~」

 なぜか佐々木さんが号泣していた。
 それを見て唖然としてしまい、私の涙は引っ込んでしまった。
 とにもかくにも、妄想劇という名の私の逆プロポーズは成功した。

 一息ついて、私たちは椅子に座って話す。

「はぁ~、良かった。本当に良かった。私最近ずっと寝不足だったの。ハナちゃんに相談されてからずっと気が気でなくて」
「あっ、佐々木さん知っていたんですね?」
「当たり前じゃないですか。知らずにこんな場面いたら心臓止まっちゃう」
「あははは、佐々木さん。いろいろ相談乗ってもらってありがとうございました」
「いいのよ、ハナちゃん…でも成功して本当によかった。2人ともおめでとう」
「「 ありがとうございます 」」
「さて、それじゃあ邪魔者は消えるわ。じゃあね」

 そう言って佐々木さんは自分の部屋に戻って行く。
 玄関でもう一度私たちは深々と頭を下げた。
 彼女が居なくなった後もしばらく頭を下げていた。

 佐々木さんが居なくなり、2人きりになる。
 なんだか恥ずかしい。
 もう一度椅子に座り、対面に向き合う。

「ハナちゃん、あの…これからもよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
「なんか恥ずかしいね」
「そうだね、恥ずかしね」

 ちょっとした沈黙が流れる。

「とりあえずさ、ボクも今日妄想劇の台本を用意したから…妄想劇やらない?」

 私は目を大きく見開く。
 そして私は大笑いした。

「あははは、ヒロ君らしいね。いいよ、やろう!!佐々木さん呼んで来る!!」

 今日も明日もこれからも…私の彼は妄想好きです!!

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