コンティニュー

子供の頃のボクはゲームが大好きだった。

「うわっ、なんだよこいつ、めちゃくちゃつえーじゃん!!」

ゲームオーバーの画面を見ながらボクは愚痴をこぼす。
しかし愚痴をこぼしながらもボクはある場所のボタンを連打する。
それは「CONTINUE」だ。

「あ~、また負けたぁ」

ボクはまた「CONTINUE」を連打する。

「もう~、どうやったら勝てるんだよ!!」

それでもボクはコンティニューを連打する。
決して「END」の選択はしない。
クリアするまで、ボクは「CONTINUE」を選択するのだ。

「ちょっといつまでゲームやってんの!?」

見かねた母がボクを𠮟りに来る。

「あともうちょっと、もう少しで倒せそうなの。だからあとちょっとだけ。お願い!!」

本当はちっとも倒せそうじゃない。
でもボクは信じている。

(ぜってぇに俺はこいつを倒す!!)

そんな未来が見えているのだ。
だが現実は厳しい。

「早くお風呂入って来なさい!!」

ゲームのボスよりずっと強敵で絶対に倒す事が出来ない母というボスにゲームの電源を切られ、強制的に「END」となる。

「あ~!!」

がっくりと肩を落としてその日のゲームは終了となる。
一気に熱が冷め、現実世界へと戻される。

「お風呂入るかぁ~」

ゲームを片づけ、ボクは重い腰を上げる。
だが、ボクは諦めていなかった。

(明日はぜってぇに倒す!!)


そんなボクも大人になった。
社会という大海原に強制的に出されてしまった。
上手く舵を取ることが出来ず、流される日々だ。
日々目まぐるしく、あっという間に過ぎて行く。
あんなに大好きだったゲームもいつの間にかほとんどやらなくなってしまった。
テレビラックにしまってある子供の頃とは比べ物にならない進化を遂げたゲーム機も今はうっすらと埃を被った状態だ。
なんだか申し訳なく思えてくる。

(時間さえあればな)

そんな言葉を自分に言い聞かせる。
確かに子供の頃より時間は無くなった。
仕方がない事なのだ。
でもボクは本当の理由を知っている。
いい意味でも悪い意味でもボクは大人になった。
大人になったボクは諦めやすくなってしまったのだ。
簡単に「END」を選択するようになってしまった。
成長するにつれて、ボクはゲーム以外にも楽しい事を見つけた。
いろんな事に興味を抱くようになった。
だがどれもあまり長く続かない。

「なんか思っていたのと違う」
「全然うまく出来ねぇ」

気付いたら面白そうと思った事に興味を無くしていた。

(これを出来たところでどうにかなるってわけじゃねぇしな)

どこか冷めたボクがそこにいた。
大人になったボクは言い訳の天才になっていた
その場にふさわしいもっともらしい理由を見つけるようになってしまった。

「こんな事するくらいなら他にも楽しいことがあるし」
「これ以上お金を掛けても」
「こんな事に貴重な時間を費やしていいの?」

表向きは客観的だが、実際はただのつまらないボク。
そしてボクは口にする。

「や~めた」

諦めるという選択を選ぶ。
最近はそれに拍車がかかり、興味を抱いたにも関わらず、

「やっても無駄」

とやる前から諦めるようになってしまった。

でも自分が言わんとしている事も分からんでもない。
「やっても無駄」という言葉を肯定している自分がいる。
それが出来たからと言って、今の人生何か変化する事は無いのだ。

「賢明」
物事の判断が適切であること。

「懸命」
力の限り尽くしているさま。

大人になったボクはどこかで自分が「諦める」という選択をしたことを「賢明な判断」をしたと思っているのだろう。
確かに現実は叶う事よりも叶わない事の方がずっと多い。
どこかで諦めることは必要だ。
ただ、自分は本当に「賢明な判断」をしたと言えるのだろうか?
何事も簡単に諦めすぎやしていないか?
そんなことを多々思う。
テレビやネットニュースで目にする活躍する人たちを見て、賢明なボクはこうつぶやく。

「この人たちは自分とは違う人種の人間だ」

どこか割り切っていて、区別している。
そう思う事でようやく「すごいなぁ」と活躍している人たちを心から称賛する事が出来るのだ。

だが心のどこかでは虚しく感じている。
羨ましいと思うボクがいる。
一体どこに行ってしまったのだろう?
テレビの前にかじりついて、絶対にゲームをクリアするまで諦めようとしない「懸命なボク」は。
どこで変わってしまった?
どこに置いて来てしまった?
子供の頃に将来の自分を具体的に思い描いたわけじゃないが、こんな冷めた大人になっているとは思いもしなかった。
冷めた大人というが、別に下ばかりを向いているわけじゃない。
夜空を見上げ、夢見る事もある。
ただ、夜空より見上げて夢を見る回数より、道端に転がる石ころを蹴って、ストレスを吐き出す事が多いだけだ。
そんな今もボクは下を向いて石ころを蹴っている。
静寂に包まれる夜道だけに石ころの転がる音がしっかりと聞こえ、さらに虚しく感じる。
だが石ころもこれ以上ストレスを吐き出されたくないのか、排水溝へ逃げるように落ちて行く。

「あっ、落ちちゃった…ってか家だ」

いつの間にか家に到着してしまった。

「ただいま~」

この日、ボクは帰省した。

「あら、おかえり。どうしたの急に?」
「こっちで出張でさぁ、ちょっと寄ってみた」
「ご飯何も用意してないわよ」
「いいよ、いいよ。簡単で」
「その簡単って言うのが大変なのよ」
「へへっ」

久しぶりの実家だけど、やはり居心地がいい。
父も母も歳を取ったが、それだけの事だ。
ボクの両親はいつも通りだ。
それがまたほっこりする。
相変わらず母は心配性のようだ。
ほら、聞いて来た。

「あんた会社どうなの?」
「どうって?別に普通だよ」
「なんか急に老けて見えるから。無理してない?」
「してないよ、子供の頃と違って賢明な判断が出来る俺ですから」
「何よそれ…あっ、そうだ。あんた自分の部屋ちょっと整理しなさいよ。昔のゲーム機とかもうやらないんでしょ?」
「————!!」

その時、ボクは昔のゲーム機という言葉に強く反応した。

「どうしたのよ?捨てちゃうならまとめといてよ」
「持って帰る」
「えっ?」
「持って帰るよ、それ」

ボクは本当に昔遊んだゲーム機を持ち帰った。
母は半分呆れていた。


後日、ボクは華の金曜日に会社の寮でテレビに昔のゲーム機を繋ぎ、プレイしていた。
すると会社の同期がノックもせず当たり前のように部屋に上がり込んで来る。

「うぃーす、酒持ってきたぞ~」
「うぃー、あっやべ、死んだ」
「おい、なんか懐かしいゲームやってるなぁ」
「おっ?お前もこのゲーム昔やったのか?」
「あったりめぇじゃん。このゲームのラスボス倒すのにどれだけ苦労したか」
「今日は寝ずに全クリするまでやるぞ!!」
「えっ?全クリするまで?おい、朝までかかるぞ」
「今日は華金だぜ?ぜってぇクリアするまでやるからな。諦めねぇ」
「あはは、分かった。ちょっと他の奴にも声掛けてみるよ」
「おう、頼んだ!!」
 ………

「おい、お前書類は出来たのか?」

会社にて、面倒見の良い先輩が心配になってボクに声を掛けてくる。

「あぁ、それなら。先ほど出来上がりました。これです」
「…お前、仕事出来るようになってきたな」

少し驚いた顔をしながらも褒めてくれる先輩。
ちょっと照れ臭く感じる。

「コンティニューですよ、コンティニュー」
「はっ?」
「ゲームも人生もコンティニューっす」
「仕事は出来るようになっても、バカだなぁお前は」

ゲームオーバーになった時、ゲーム画面は「END」ではなく、必ず「CONTINUE」にカーソルが合わさっている。
ゲームの主人公はボクが「CONTINUE」を選んでくれるだろうと思っているのだろうか?

「おいおい、そんなに買い被らないでくれ。俺はお前らと違ってヒーローでもなんでもねぇ」

そんな風に言ってやりたい今日この頃。
ましてや現実世界なら尚更だ。
毎日毎日失敗ばかり。
どんくさい、情けない、カッコ悪い。
散々じゃないか…
それでもボクはコンティニューを選ぶ。
まぁ今のボクは子供の頃のように熱い思いを持っているわけじゃなく、しがみついている感じだけど
でもこうやってしがみつきながらボクは信じているのだ
しがみついていれば、いつかそこから見えてくる景色があるのだと。
だから諦めるのはもうちょっと頑張ってみてからにしよう。
さぁ、コンティニューだ!!


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