妄想その6

 さぁ金曜日がやって来た。
 果たして今日はどんな妄想劇が始まるのだろう?
 …と頭の中で勝手にナレーションを流してみたものの、実はまだ家に帰っていない。
 今日は会社の部署で飲み会が開かれているのだ。
 こういったイベントがある日は決まって妄想劇が休みになる。

「ボクのことは気にしなくていいから、楽しんできて」

 脳裏に自分との約束があると楽しさも半減してしまうだろうと彼が気を使ってくれてのことだった。
 彼は優しいのだ。
 そう思うと逆になるべく早く帰ろうという気持ちが湧いて来る。

「せんぱぁ~い、飲んでますか~?」

 かなり上機嫌な後輩ちゃん。
 私の体に体重を預けてくる。

「飲んでる、飲んでるよ」

 私は後輩ちゃんの頭を撫でる。
 すると機嫌がさらに良くなる。
 
「せんぱぁ~い、どっかに良い男いませんかねぇ?」
「たくさんいるじゃん。私たちの部署、みんな良い人ばかりじゃん」
「それって~、良い人の前に「どうでも」が付きますよねぇ?」
「こらっ!!後輩ちゃん!!」
「エヘッ、ごめんなさぁ~い」

 そんなやり取りを聞きつけてか、部署の男性社員が2名やって来た。

「後輩ちゃん、俺なんてどうだい?」
「いやいや、俺の方こそ」

 すると男性社員2人は立ち上がり、頭を下げて手を後輩ちゃんに差し出す。

「「 お願いします!! 」」
「………ごめんなさい!!」
「あっはっはっはっは」

 周りから笑いが起こり、そして当事者たちも笑い出す。

「くぅ~、ダメかぁ。残念」
「もうちょっと男を磨いて来てくださぁ~い」
「じゃあさ、敢えてどっちか選ぶとしたら、どっちがいい?」
「う~ん、どっちでもいいかな」
「えぇ~、そんなにどうでもいいんだ」

 辛辣なことをサラっと言う後輩ちゃん。
 私は慌ててフォローする。

「違いますよ。お二人とも同じくらい素敵ってことですよ」

 そう言うと男子社員2人はお互いに顔を合わせる。

「やっぱ向田ちゃんだな!!」
「だな!!」
「ざんね~ん、先輩は私も物です。あなた方にはあげませ~ん」
「なんでだよぉ~、みんなの向田ちゃんだぜぇ」
「いいえ、あなた方は基準を満たせていません。もうちょっと男を磨いてください」
「くぅ~」

 後輩の発言にはヒヤッとさせられる。

「後輩ちゃん、ちょっと失礼だよ。すみません、この子ちょっと飲みすぎちゃっているみたいで」
「あはは…いいよ、いいよ。大丈夫だよ。気にしないで」

 優しい人たちで本当に良かった。
 感謝、感謝。

「おい、男を磨くためにあそこにいる奴らに飲み比べを挑もうぜ」
「そうしよう、そうしよう」

 そんなことを言ってどこかへ行ってしまった。
 きっと気を使ってくれたのだろう。

「せんぱぁ~い!!」

 さらに酔いが回った後輩ちゃん。
 今度は抱き着いてきた。

「後輩ちゃん、お酒の席とは言え、礼儀は必要だよ」
「はぁ~い、ごめんなさぁ~い」
「分かればよろしい」

 私は後輩ちゃんの頭をまた撫でて上げた。

「せんぱぁ~い!!」

 するともう一度抱き着いてきた。
 あらあら。

「でも先輩に釣り合うような男なんて早々いませんよ」
「そんなことないよ。私はどこにでもいる女だよ」
「何言ってるんですか!?自分がどれだけいい女か、先輩はもうちょっと自覚した方がいいです」
「あはははは、ありがと」

 いつまで経っても終わりそうにないので素直に受け止めることにした。

「まぁこの中じゃあ、田中さんはまだ見込みがあるかな」
「田中くん?まぁ確かに田中くんは仕事もできるし、まぁカッコいいよね」
「おっ?これは新たな恋の予感かぁ~?」
「何言ってる——」
「——あのぅ呼びましたか?」

 すると名前を呼ばれた田中くんが来てしまった。

「おっ!!色男が登場しました!!」
「あははは…あの向田さん、どうされたんですか?」
「ごめんね、田中くん。ちょっとこの子酔っちゃ——」
「今、先輩に釣り合う男はいるか?って話をしてたんです」
「ちょっと!!」
「それでこの中なら唯一田中さんならって話をしてたんです」
「そんなこと一言も言ってないじゃない!!」
「カッコいいって言ったじゃないですか!!」
「そりゃそう言ったけど…」
「えっ?本当ですか?向田さん、嬉しいです。ありがとうございます」
「あははは…」

 恥ずかしい。

「先輩、顔赤くなってる」
「違うわよ、ただ恥ずかしいだけよ」
「でも田中さん、調子に乗っちゃダメですよ。先輩に釣り合うにはもっと男を磨かないと!!」
「はい!!精進します!!」

 そう言って田中くんは敬礼してくれた。

「もう後輩ちゃんったら…」
「それじゃあ先輩、私ちょっとトイレに行ってきます!!」
「大丈夫?ついて行こうか?」
「いえ、大丈夫です。お気になさらず2人で楽しいひとときをお楽しみください」

 そう言って、1人でトイレに向かってしまった。

「ごめんねぇ、田中くん」
「いえいえ、かわいらしいですよね」
「まだまだ学生気分が抜けてないのかもね」

 私たちは後輩ちゃんが消えて行ったトイレの方を向いて微笑む。

「ところで、向田さん。ちょっといいです?」
「ん?」

 和やかな雰囲気が少しだけ変わる。

「これって見覚えあります?」
「————!!」

 彼がポケットから出したのは、私がこの間落とした「ひざ枕ぽんぽん券」だった。
 私は顔を見上げて田中くんの方を見る。

「これ?どこで?」
「やっぱり向田さんのでしたか、先週、ジュース買ったときに拾いました」

 あのときか!!
 確かジュースを買うときに細かいのが無くてお札を出したとき、その時財布から落ちたんだ。

「ごめんね、向田くん。拾ってくれてありが——」
「——これ、ボクが使ったら向田さんがボクにひざ枕をしてくれるんですか?」
「えっ?」
「この券を使えば向田さんのような素敵な人がひざ枕してくれるならボクは使いたいなぁって」
「あははは、酔ってるの?田中くん」
「いいえ、本気ですよボクは」

 そのときの田中くんは私をまっすぐに見ていた。
 私はゆっくりと息を吐く。

「田中くん、ごめんね。私があなたにひざ枕をすることはない」

 私はきっぱりと言った。
 そしてまっすぐに田中くんの目を見返した。

「あははは、冗談です。からかってごめんなさい」

 田中くんの表情が一気に砕ける。

「……なぁ~んだ、もう~びっくりしたぁ。田中くん演技が上手いよう」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「せんぱぁ~い!!」
「あっ、ちょっと後輩ちゃん!?」

 私はすぐに机の上の「ひざ枕ぽんぽん券」を取り、上着のポケットの中に閉まった。
 その後、何事もなかったかのように終始ムードは和やかのままで、そのまま飲み会は終了した。

 ——————

「ふわぁ~、ただいま~」
「あっ、ハナちゃんおかえり。飲み会楽しかった?」
「うん!!」
「それは良かった」

 彼の優しそうな笑顔。この顔を見るだけで癒される。

「お風呂入る?」
「うん!!…でもその前に」

 私はポケットから例のモノを取り出す。

「ジャーン!!先週無くしたひざ枕ぽんぽん券を見つけました。ということで、お風呂入る前にこの券を使用します!!」
「あっ、見つけたんだ。でもこれもう使えないよ」
「えっ?なんで?」
「だって使用期限切れちゃってる」
「そんなのどこにも書いてないじゃん」
「カバー外して裏見てみて」
「えっ?」

 ひざ枕ぽんぽん券は画用紙で出来ているので、すぐに傷んでしまう。
 そのため保護するために簡単なカバーを付けていた。
 私はそのカバーを取り外し裏を見ると…

「使用期限…先月までになってる…」
「ということで、もうこの券は無効です」
「キィ―――!!」

 まさか使用期限が定められているなんて。
 私は見事にやられてしまった。
 私はがっくりと肩を落としてソファに座る。

「それにしてもよく見つけたね」
「なんか後輩の男の子が拾ってくれたみたいで、今日飲み会のときに返してくれた」
「そうだったんだ」
「でね、このひざ枕ぽんぽん券をボクが使えば、ボクにひざ枕してくれるんですかぁって言ってた」

 私はそれを笑いながら言った。
 しかし…

「あれ?ヒロくん?」

 彼は全く笑ってなかった。

「ハナちゃんごめん。もうちょっと詳しく教えてくれる?」

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