妄想その4

 先日私は「ひざ枕ぽんぽん券」を2枚手に入れた。
 これから私はこの「ひざ枕ぽんぽん券」を使えばいつでもあの癒しを得ることができるのだ。

「ニヒヒヒヒ…」

 思わずにやけてしまう。

 この券があるだけで何か安心感がある。
 私にとってお守りより確実にご利益がある。

「あれぇ~…先輩?何かいいことあったんですか?」
「————!!」

 横を振り向くと、後輩ちゃんがいた。
 しまった、ここは会社だ。
 知らずの内に顔に出ていたようだ。

「ううん、なんでもないの」
「またぁ~、何かいいことあったんじゃないですか~?」
「なんにもないってば~」

 私はのらりくらりとかわし、何とか切り抜けた。


 さて、今日も今日とて花金だ。
 先週と違い、今日の私は気分がいい。
 今日は思いっきり妄想劇を楽しもうじゃないか!!

 そんなウキウキ気分で寄り道をせず家に帰る。
 今日は妄想劇が終わったら、そのまま「ひざ枕ぽんぽん券」を使って大いに甘えるのもいいかもしれない。

「グフフフ…」

 おっと、思わずよだれが…
 嫁入り前の娘がはしたない、はしたない。

 でも今日「ひざ枕ぽんぽん券」を使ってしまったら今月はあと1枚で過ごさないといけない。
 今月はまだ前半だ。
 何か落ち込んだときのために1枚は絶対に取っておきたい。
 だとすると、この1枚も簡単に使ってもいいものだろうか?

 …ん?待てよ…
 ここで私は重大なことに気づいた。

 金曜日は先週のようなイレギュラーを除いて、妄想劇は必ず行う。
 そう、彼は毎週妄想劇ができるのだ。
 かたや私に支給された「ひざ枕ぽんぽん券」は月に2枚だけ。
「………」
 これはちょっと不公平なんじゃないかい?

 もっと券が欲しい!!

 そのような思いを抱いてしまった私は早歩きで家に向う。
 よし…交渉しよう、そうしよう!!

「たっだいまぁ!!」
「お、おかえり。元気がいいね」

 私の元気の良さに彼は驚いているようだった。

「すぐご飯にするから手を洗っておいで」
「アイアイサ~!!」

 ご飯を食べながら、彼が今日の妄想劇について話してくる。

「ハナちゃん、今日はいいのができたよ。力作ができた」
「へぇ~、そうなんだ~」
「ご飯食べてお風呂入ってすぐやろうね」
「あ~…ヒロくん…ちょっと待って。ヒロくんもう今月2回妄想劇やったよね?」
「うん?確かに2回やったねぇ」
「じゃあさ…今月はもうお預けだね」

 私はニコッと笑って見せる。

「えっ?」

 箸を止める彼。
 口はあんぐりと開いていた。

「ハナちゃん…どういうこと?」
「だってさ、ほら…私、「ひざ枕ぽんぽん券」もらったの2枚だけだったじゃん?だから妄想劇も月2回まででいいかなって…」
「何それ!?そんなルール知らないよ!!」

 彼は泡を食っていた。

「うん…さっき、帰って来る途中に思いつきました」
「そんなのダメ!!無効です!!」
「いいえ、有効です!!」

 そこで私は先ほど慌てて作ったものを机の上に置いた。

「これから妄想劇をやる際は、この「妄想チケット」がないと、できないことにします」
「そんなぁ~!!」

 殺生なという顔をする彼。
 その顔に思わず吹き出してしまう。

「何が可笑しいのさ!!」
「へへへへ、ごめん…へへへっ」

 私は全然悪いと思ってなかった。
 むしろ楽しかった。
 すると彼はムッとした表情になって反論する。

「そんなの勝手に決めても無効だよ。ボク認めてないよ!!」

 しかし私も負けじと反論する。

「ヒロくん、世の中ってのは不条理なの。不条理の塊なの!!ある日、誰かが勝手にルールを決めて、私たちはそれを強制的に守らないといけないの。世の中そういうものなのです!!…そう、この妄想チケットもそうなのです!!」
「ん゛んんーー!!」
「あっははははは…」

 自分がいかに理不尽なことを言っているのか分かっている。
 でも止められなかった。
 そして、それに対しての彼の反応が面白くて仕方がなかった。

「ねぇ~…ちょっと~、なんで急に…」
「…妄想劇、そんなにやりたいの?」

 私はニヒルな笑みを浮かべる。
 完全に今の私は悪役だ。

「うん…」
「だったら条件があります」
「な、なにさ、条件って…」

 さぁ、前振り終了。
 本題はここからだ。

「だったら「ひざ枕ぽんぽん券」をもっとくれたらやらしてあげる」
「えぇ~、2枚で十分じゃん!!」
「いいえ、足りません!!だって1枚はトラブル用に取っておきたいでしょ?そしたら自由に使えるのは1枚しかないじゃん!!私はもっとヒロくんにひざ枕してもらって、ぽんぽんして欲しいの!!」
「えぇ~、めんどくさい~」
「なぁ~にがめんどくさいよ!!」

 その顔は正に面倒くさいという顔をしていた。

「ひざ枕するくらいいいじゃん!!」
「だってひざ枕疲れるもん!!」
「あんだとぉ~!!」

 こちとら家の外で演技させられたり、たった1行の文章を読むためにダンベルの入ったリュックを背負わされて外を歩かされたり…
 散々付き合ってるというのに!!
 めんどくさいからやりたくないだとぉ~!?

「もう今ので今日は絶対にやらない!!「ひざ枕ぽんぽん券」が月に2枚しかもらえないから「妄想劇チケット」も月に2枚しかあげません。今月はもう2回やったからもうやりません!!」
「そんなぁ~!!」
「だったら券ちょーだいよ!!」
「ぶ~!!」

 頬を膨らませて席をたつ彼。
 5歳児か!!

 そして観念したかのように画用紙と色鉛筆を持って新たに「ひざ枕ぽんぽん券」を作り始めた。
 よし、よし。それでいいのだよ、セニョール。

 しかし、
「はい、じゃあ後1枚だけ」
「1枚かよ!!」
「いいじゃん、月3回できれば!!」
「ダメ!!じゃあ妄想劇も月に3回しかやらせてあげません!!」
「そんなん卑怯だよ!!」
「卑怯で結構!!」

 彼の悔しそうな顔。
 大丈夫…もっと引き出せるはずだ。

「…じゃあどうしたら毎週妄想劇やってくれるの?」
「あと1枚所望する!!」
「なぁ~にが所望するだ!!普段使わないような言葉使って」
「いいでしょ!!で、どうするの?くれるの?くれないの?」
「………」

 彼はバツが悪そうな顔をして、しぶしぶ、もう1枚「ひざ枕ぽんぽん券」作り私に渡してきた。
 これで私の「ひざ枕ぽんぽん券」は4枚になった。

「へへへへ…毎度」

 私は大満足した。

「ハナちゃん!!もういいでしょ!!早くご飯食べて妄想劇やるよ!!」
「はぁ~い」

 彼は少し不機嫌だったが、私は大満足だった。
 ちなみにこの日の妄想劇は、私としては駄作だった。

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