妄想その11

 ―佐々木さんとの話し合いを終えて―

「なんだか人助けみたいになっちゃったわね」
「本当だね」

 私たちの素直な感想。
 冷静になって考えると、佐々木さんは「痛い女」と呼んでもいいのかもしれない。
 はっきり言って、身を一歩引いてしまう。
 だが私たちはそれをしなかった。
 逆に一歩前に進んでみた。
 仲良くしてみたいと思った。

 でもこれはただのきまぐれだ。
 私たちのどちらかの機嫌が悪ければ、断っていたかもしれない。
 今回佐々木さんの手を取ったのは本当にたまたまなのだ。

「まぁそんな深く考えずにさ、ぼちぼちやりますか」
「そうだよね。もしかしたら佐々木さんの方から私たちのことヤバい奴だと思って手放すかもしれないし」
「あはは、言えてる」

 彼の言う通り、ぼちぼちやって行こう。

「ハナちゃん、まだ会話もぎくしゃくする中で妄想劇って難しいから今度の金曜日はこの部屋に読んでお食事会にするのはどうかな?」
「うん、そうだね。その方がいいよね。明日の朝、多分顔を合わすと思うから聞いてみる」
「じゃあ金曜日はおつまみっぽいおかずを用意するよ」
「今から楽しみになってきた」
「あはは、楽しみにしといて。それにさ、ボクも…」


 ―金曜日—

「ピンポーン!!」

 佐々木さんがやって来た。
 月曜日と違い、今度は2人で快く彼女を出迎える。

「さぁ、上がってください」
「こんばんは」
「すみません、お邪魔します」

 申し訳なさそうに部屋に上がる彼女。
 ただ、こうやって呼ばれることが嬉しかったのだろうか?
 顔からは嬉しさがにじみ溢れている。

「ごめんなさい、散らかっていて」
「そんなことないわ。素敵なお部屋」

 佐々木さんは私たちの部屋を楽しそうに見つめる。
 そしてテーブルに出された料理に気づく。

「まぁ、おいしそう」
「簡単ですが用意しました」
「佐々木さん、ヒロくんの料理はおいしいんですよ~」
「ハナちゃん、ハードル上げないで。さぁ食べましょう」

 私たちは席につき、親睦会を兼ねたなんちゃって飲み会を始めた。

「佐々木さん、ビールでいいですか?」
「えぇ…ありがとう」

 いつもは缶でそのまま飲むが、今日はせっかくなのでコップにビールを注いでみた。

「それじゃあ…」
「「「 カンパーイ!! 」」」

 小声で恥ずかしそうにしながらも佐々木さんは乾杯に参加してくれた。

「はぁ…おいし…」

 軽く飲み、頬に手を当てる仕草がまたデキる女を醸し出しているし、なんだか色っぽい。
 こっちなんて一気にグラスを開けてしまったじゃないか。

「こういう飲み会、久しぶりなんです。それに誰かの家に上がるなんて…何年ぶりかしら?」

 お、重たい…
 横を向くと、彼もそんな顔をしていた。

「それにしても私たちだけこんなラフな格好でごめんなさい。佐々木さんも部屋着で良かったんですよ」
「えぇ、本当は着替えようと思ったのだけど、何だか申し訳なくて…」

 そんなの気にされなくていいのに…
 すると彼が気の利いたことを言ってくれた。

「これから関係を深めて、お互いの恰好が気にならなくなるくらい仲良くなりましょう…あっ、ボクのことはヒロトって呼んでください」
「じゃあ私のことはハナと呼んでください」
「ヒロトさん、ハナちゃん、ありがとうございます」

 佐々木さんは嬉しそうに微笑んでいた。

「さぁさぁ、冷めちゃうから食べましょう」

 佐々木さんは彼の料理を摘まむ。
 口の中に入れる度に彼女の顔がほころぶ。

「どれもすごくおいしいです」
「ありがとうございます」

 彼が照れる。

「ハナちゃんは毎日こんなおいしい料理が食べられて幸せ者ね」
「エヘへ~、そうなんですよ~。これは私の特権です」

 食とお酒が後押しとなり、会話が弾む。

「ところでお2人はいつもどんな妄想劇をやっているの?」
「え~っとですねぇ、主にというか100%そうなんですけど、エッチですね」
「ぶっ!!ちょっとラブストーリーって言って欲しいなハナちゃん」
「ラブストーリーには程遠いでしょ」
「あははははは」

 佐々木さんが気分よく笑う。
 それを見て私たちも微笑む。

「この間はどんなエッチな内容だったの?」
「この間はですねぇ、高値の花であるハナちゃん…またこれも韻を踏んで高嶺のハナなんですけど…」
「あはは」
「その高嶺のハナはいろんな人から告白されるんですよ。もうモテにモテて。でも全部断っているんです。まるで男に興味がないと言わんばかりに。でも実はこっそりと付き合っている男がいて。それが陰キャと呼ばれるヒロくん。その2人がラブラブっていういかにもモテない男が考えそうなストーリーです」
「そんなに貶さなくていいじゃないか~」
「あはは、ケンカしないで」

 佐々木さんは私たちの話を聞いてたくさん笑っていた。
 デキる女は笑顔が素敵な女でもあった。

「あ~、楽しい!!私、すごく今楽しいです」

 大きめの声で話す佐々木さん。
 開放的な気持ちになっているのだろう。
 これはもしかしたら今まで抑えて来た気持ちなのかもしれない。
 それなら今日はとことん開放させてやろうじゃないか!!

 ―30分後—

「うぅ…気持ち悪い…」

 どうやら開放的になり過ぎてしまったようだ。

「佐々木さん、大丈夫ですか?」
「ダメ…吐きそう…」
「トイレ、ヒロくんトイレ!!」
「ガッテン!!」

 私たちは佐々木さんを支え、トイレに案内する。

「あの…私…自分の部屋のトイレに行きますから…」
「何言ってんですか。そんなの気にせずに家のトイレでゲロっとしちゃってください」
「ヒロくんの言う通りです。そんなこと気にしないでください」
「すみません…」
「さぁ、謝ってないで全部出しちゃいましょう。全部吐いた方がスッキリしますから」

 私は佐々木さんの背中をさすり、落ち着くまで彼女の傍にいた。

 ―10分後—

 私たちはトイレを出て、席に座る。
 その間に彼がテーブルの上を片づけておいてくれた。
 きっと料理の匂いで再び気持ち悪くなるのを避けるためだろう。
 佐々木さんは少し冷やした水を飲む。

「はぁ~、おいしぃ~」

 もう大丈夫だろう。

 5分ほど経過し吐き気は治まったのか、彼女は机に頭をつける勢いで謝罪してきた。

「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
「そんな佐々木さん、大丈夫ですから」
「いえ、せっかく呼んでくださったのに…私のせいで台無しにしちゃって…」

 ダメだ…どうすればいいだろう?

「佐々木さん…顔を上げてください」

 彼は優しく佐々木さんに言葉を掛ける。

「人に弱みを見せたり、迷惑かけたりするのって別に悪いことじゃないと思いますよ。今日だって佐々木さんが気持ち悪くなったおかげでより一層仲良くなれたじゃないですか」
「ヒロトさん…」
「ボクたち、お互いに弱みを見せ合えるような関係になりましょう。そうじゃないといつまで経っても妄想劇はできませんよ」

 彼はニコッと笑った。

「ありがとうございます…」

 彼女も彼と同様に微笑み返す。
 だけど、彼女の目にはほんのり涙が浮かんでいた。

 ——————

「今日はありがとうございました。それと迷惑かけてごめんなさい」
「いえいえ、定期的にこうやってご飯食べましょうね」
「ありがとう。それじゃあ失礼します」

 佐々木さんは笑顔で部屋に戻って行った。
 私たちは台所に戻り、一緒に洗い物をする。
 私は肘で彼の脇腹を突っついた。

「さっき、なかなかカッコ良かったよ」
「でしょ?なんてたってボクはハナちゃんの彼氏ですから」

 洗い物はきらいだけど、今日はなんだか楽しく感じた。

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