経営判断に100点の正解はない
[要旨]
コンサルタントの徳谷智史さんによれば、会社経営者は、経営判断を行うときにベストを尽くしていても、それが正しかったかどうかという気持ちを断ち切れないことが多いそうです。しかし、過去の決断を振り返って悔やんだところで何も生まれることはないので、その意思決定の結果として、仮に事業や組織が望む状態にならなかった、厳しい状況に追い込まれたとしても、その経験を踏まえて、「次にどう活かせるか」と考えるしかないということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、徳谷智史さんのご著書、「経営中毒-社長はつらい、だから楽しい」を読み、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、徳谷さんによれば、会社経営者は、社内外に弱気になっていることを、なかなか話すことができませんが、意思決定の拠り所を取り戻すうえでも、社外の中立な第三者に「壁打ち」の相手になってもらい、対話をすることで、「原点はこれだった」と、客観的な視点を取り戻すことができるようになり、より精度の高い意思決定が可能になるということについて説明しました。
これに続いて、徳谷さんは、経営者は過去の決断を悔やんではいけないということについて述べておられます。「社長は、どんなときも、自分が判断できる範囲において、ベストな決断を下しているはずです。しかし、それでも自分の意思決定に100%自信を持てる社長はなかなかいません。悩ましい経営判断になればなるほど、『本当にこれで良かったのだろうか……』、『もうちょっとこうすべきだったのではないか……』という気持ちが断ち切れないときがやはりあります。
事業に関する決断も悩ましいですが、人に関する決断は、特に大きな葛藤を伴うものです。私自身も、企業再生の現場で、不採算の事業部を組織ごと解体せざるを得ないという意思決定をした経緯が何度もありますが、その度に、言葉では表現し難い葛藤に苛まれていました。一緒に仕事をした人たちの顔が浮かぶだけに、心の奥底ではそうしたくないのです。社長自身が大事にしていることと反する意思決定をせざるを得ないときの葛藤に、社長の多くが苦しんでいるのではないかと思います。
しかし、社長であろうと、そうでなかろうと、過去の決断を振り返って悔やんだところで何も生まれません。結局は、未来を向いて、意思決定を活かしていくしかないのです。その意思決定の結果として、仮に事業や組織が望む状態にならなかった、厳しい状況に追い込まれたとしても、その経験を踏まえて、『次にどう活かせるか』と考えるしかありません。結局のところ、意思決定は、そのとき、その瞬間の判断に過ぎないのです。
ベストと思える意思決定をしたら、その決断を成功させるために全力で取り組む。意思決定したことには固執せず、様子を見ながら軌道修正する。そのサイクルを速く回すことの方が大切だったりします。変化が大きく、不確実なスタートアップで成功確率を高めるには、1回の意思決定に囚われず、改善のサイクルをとにかく速くすることを心がけるといいでしょう」(331ページ)
私が述べるまでもありませんが、経営者の役割の半分くらいは、意思決定です。しかも、経営者は、「結果責任」から逃れることはできません。もし、判断を誤れば、最悪、会社の事業が停止してしまったり、自分の地位を失ったりしてしまうかもしれません。さらに、もっと大変なことは、例えば、不採算事業の撤退について判断するとき、社内の賛成派が51%、反対派が49%というようなときであっても、最終的には経営者が決断しなければなりません。
経営者は、どちらを決断しても、多くの部下から恨まれるようなことになることが、決断の前から分かっていても、それでも決断しなければなりません。そのような状況であれば、経営者は決断することから逃げたいと考えたとしても、当然かもしれません。しかし、決断から逃げたとしたら、逃げたことを批判されたり、決断を先延ばしにした結果、さらに状況が悪化することになるかもしれません。
そうであれば、徳谷さんがご指摘しておられるように、(1)決断をする瞬間にベストの決断をすること、(2)仮に決断の結果が思わしくなかったときは軌道修正できるように備えておく、ということだと思います。こうすることで、経営者の方は、決断するときの心理的な負担が、少しでも少なくなるでしょう。そして、私は、特に中小企業が行うべきこととして、リスク管理やリスク対策を行うことだと思っています。
中小企業ができるリスク管理・リスク対策としては、例えば、売上が特定の顧客に偏らないように分散させる、特定の顧客の売掛債権額が突出しないようそれらを管理する、さらに、売掛債権に対して保険をつける、商品ごとに在庫管理を行い陳腐化を事前に防ぐ、3行以上と銀行取引を行い、1行から融資を断られても他行にも申請できるようにしておく、事業継続計画(BCP)を策定しておき、不測の事態に備えるなどです。こういったリスク管理・リスク対策を行うことによっても、経営者の意思決定のときの心理的負担を減らすことができるでしょう。
最後に、非論理的なのですが、私がこれまで中小企業の事業の改善のお手伝いをしてきて感じることは、経営判断には100点の正解というものはないということです。例えば、A案とB案があったとき、事後的にA案は60点、B案は40点だったということもあります。ですから、前もって、100点の正解を探してしまうと、決断はできなくなるので、100点の正解を探そうとすることは、あまり賢明ではないと思います。
また、もっと極端な例では、事後的にA案もB案も100点だったということもあるし、A案もB案も0点だったということもあります。そうであれば、徳谷さんがご指摘しておられるように、「ベストと思える意思決定をしたら、その決断を成功させるために全力で取り組む、意思決定したことには固執せず、様子を見ながら軌道修正する、そのサイクルを速く回す」ということです。経営判断に関しては、私は、「巧遅は拙速に如かず」だと思っています。
2024/10/7 No.2854
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