監督の仕事は選手が頑張ることの支援
[要旨]
青学陸上部監督の原さんは、成績の優秀な選手をスカウトしたことがありました。しかし、その選手は、規則を守らないなど、好き勝手な振る舞いをしたことから、チーム内に悪影響を与え、箱根駅伝出場の目標を達成できませんでした。このように、組織の成果は、優秀な選手を加えるだけでは高まらないということに注意が必要です。
[本文]
青山学院大学陸上競技部監督の原晋さんのご著書、「フツーの会社員だった僕が、青山学院大学を箱根駅伝優勝に導いた47の言葉」を拝読しました。原さんは、同書で、利己主義の失敗事例について書いておられます。「Win-Winの関係が、監督と選手、あるいは、部員間にも必要だと実感したのは、監督就任3年目に経験したスカウトの失敗があったからです。3年契約で監督に就任した私は、3年目はどうしても結果が欲しいと、焦っていました。そこで、記録優先で選手をスカウトすることに決めたのです。
入部が決まったのは、タイムで全国ランキングでも上位の即戦力といえる選手たちでした。これで最初の目標である箱根駅伝出場を達成できると思ったのです。しかし、その目論見は、もろくも崩れました。お願いして来てもらった選手たちは、寮の規則や門限を守らず、まともに練習もしなかったのです。しかし、ずば抜けた素質を持っていたことで、他の部員は腫れ物に触るように遠巻きに見ているしかありません。彼らには、『来てやったんだ』という思いが強かったのだろうと思います。逆に、監督の方が『とってやった』と思ったら、選手が委縮します。
どちらの場合もうまくいかないので、私はスカウトするがくせいに、はっきりと伝えています。『私は君をとってやったと思わない、だから君も来てやったと思わないでほしい。お互いにひとつの目標に向かって努力しよう。私だけが頑張るのではない、君だけが頑張るのでもない、私の仕事は君が頑張るのを手伝うこと、頑張らない君の首根っこを捕まえて頑張らせるようなことはしないからね』お互いにメリットがある関係がなければ、組織も人も伸びないということです」(105ページ)
これを読んだとき、私は、ドラッカーが、1993年に出版した、「ポスト資本主義社会」という本の中で述べていた言葉を思い出しました。「ポスト資本主義社会は、知識社会であるとともに、同時に組織社会である。知識人の世界は管理者による均衡がなければ、みなが自分の好きなことをするだけとなり、誰も意味あることは何もしない世界となってしまう。管理者の世界も、知識人による均衡がなければ、官僚主義に陥り、組織人間の無気力な灰色の世界に堕してしまう」(354ページ)
ドラッカーは、やや難解な言い回しをしていますが、「知識人」とは能力の高い人、青学の例では、スカウトされた選手のことです。「管理者」とは、一般の会社でいえば、経営者のことで、青学の例では、監督、すなわち原さんのことです。組織としての成果を高めるには、その構成員の能力も高い方が望ましいですが、だからといって、その構成員が好き勝手なことをするだけでは、組織に属する意味はなくなります。一方、経営者や監督が、従業員や選手を縛りすぎても、組織としてよい成果を得ることはできません。
そこで、原さんの言うように、「お互いにメリットのある関係」が必要になるということです。ところで、私がこれまで事業改善のお手伝いをしてきた会社の経営者の方の中には、「うちにも優秀な従業員が欲しい」と考えている経営者の方は少なくありませんでした。確かに、優秀な従業員の方がいると、会社の業績は伸びるように思われます。しかし、能力の高い人を組織に加えるだけでは、原さんもスカウトで失敗したように、よい結果は得られません。
能力の高い構成員を加えた上で、経営者の方が、その人の能力を発揮させられる環境を提供しなければ、組織の成果を高めることはできません。このことは、よく理解されているようで、多くの場合、単に、優秀な人を迎え入れさえすればよいと考えている方が多いと、私は感じています。繰り返しになりますが、組織としての成果を高めるには、選手とチーム、従業員と会社の間で、お互いにメリットのある関係が欠かせないということを忘れてはなりません。
2022/8/5 No.2060