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事業はスペシャリストだけで成立しない

[要旨]

変圧器メーカーのNISSYOの技術的な強みは、特注品を、短納期、高品質、低価格で納品できることですが、それは、多くのスペシャリストを揃えることではなく、スペシャリストの技術をデータベース化することで、コアテクノロジー以外は、できるだけ職人技に頼らず、作業の標準化を進め、初心者を即戦力化することを実現しているからです。こうすることで、同社は生産性を向上させています。

[本文]

今回も、前回に引き続き、NISSYOの社長、久保寛一さんのご著書、「ありえない! 町工場-20年で売上10倍! 見学希望者殺到!」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、NISSYOでは、クレーム対応を最優先にしており、それに関する基本方針を明文化していることから、迅速なクレーム対応を可能にしており、中国の会社からクレームが来たときに、迅速にお詫びに行ったところ、誠実さを評価され、逆に、1億円の受注を得ることができたこともあったということを説明しました。これに続いて、久保さんは、NISSYOでは、スペシャリストに頼らない体制をつくっているということについて述べておられます。

「NISSYOの技術的な強みは、特注品を、短納期、高品質、低価格で納品できることです。(中略)『特注品を手作業で、しかも短期間でつくることができるのは、腕のいいスペシャリスト(職人)を揃えたからだ』と思われるかもしれませんが、そうではありません。NISSYOは、『初心者を即戦力化する』、『文系の学生に社員教育を施す』、『パート社員にも責任のある仕事をお願いする』ことで、『短納期、高品質、低価格』と実現しています。もちろん、スペシャリストの存在は重要です。(中略)ですが、製造業はスペシャリストだけでは成立しないと、私は考えています。

コアテクノロジー以外は、できるだけ職人技に頼らず、作業の標準化を進めるべきです。誰でも同じ手順を同じ品質で仕事ができれば、生産性は向上します。スペシャリストだけでは組織が成長しない理由は、主に、『3つ』あります。(1)仕事が属人化する。『属人化』とは、人に仕事がついている状態のことです。特定個人の職人技に依存すると、その人にしかやり方が分からない状態に陥ってしまいます。その人が会社を休んだら、仕事が先に進みません。

(2)ノウハウの蓄積・共有がされない。経験やカンに頼る職人の技術の多くは、ノウハウが数値化されていません。また、職人によってやり方が違うため、社内で共有することが難しい。技術が他の人に引き継がれなければ、その技術が消失することにもなりかねない。そうならないように、職人の技をデータベース化する必要があります。(3)人材の育成に時間がかかる。スペシャリスト(職人)を育てるには、その分野に特化して教育していく必要があります。専門性にこだわりすぎると、人材育成に時間がかかり、競合他社に遅れをとる可能性があります」

私は、久保さんのご指摘は、事業活動で得られた暗黙知を形式知に変換し、組織の知識を増やして競争力を高めていくということだと思います。日本酒の獺祭を製造している旭酒造が事業を拡大できた要因の一つは、酒造方法をマニュアル化したことで、冬しか酒造しない杜氏に頼らず、通年で酒造できるようにしたと言われています。そして、暗黙知を形式知に変え、それを蓄えていくことは、組織としての会社の競争力が高まっていくことになります。

そもそも、事業活動は組織的な活動であるわけですから、事業活動で得られた知識を暗黙知のままにしておく、すなわち、属人化しておくことは、組織的な活動と相反することになるわけです。そして、現在は、このような「知識」を蓄えることそのものが、事業活動の目的の大部分を占める時代になってきています。現在、他社の買収が盛んに行われるようになってきた背景には、買収相手の会社を買うというよりも、その会社が持っている「知識」を得ることが目的になっているようです。

それから、もう1つ重要なポイントは、事業活動に関する知識を蓄えることが注目されるようになってきた背景には、情報技術の進展があります。というのは、情報技術によって、暗黙知を形式知に変換し、そしてそれらを蓄え、社内で共有化することが容易になってきたからです。したがって、自社の競争力を高めようとするためには、情報技術を駆使し、社内の知識を増やして行くというアプローチは有効であると、私は考えています。

2024/2/15 No.2619

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