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虹ヶ咲の「あなた」とは誰だったのか

「ラブライブなんて出なくていい!!」

みなさんこんにちはこんばんは。ろひです。

読者参加型プロジェクトとしてスタートし、一躍有名アニメとなったラブライブシリーズ。
今回はそんなラブライブの3作品目となる「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」の高咲侑というキャラクターにフィーチャーしながら、シリーズ全体を通してシミュレートされた表象(representation)、及び真正性について考えてみたいと思います。

1、はじめに
2、メディアミックス作品としての『ラブライブ!』とオーディエンス
3、「外伝」としての『虹ヶ咲』における「あなた」という表象
4、「あなた=視聴者」のホメオスタシス
5、結びにかえて

1、 はじめに

 「スクールアイドル*¹」という活動を通して、等身大の女子高生たちが集い、競い合い、高め合う舞台、「ラブライブ!」。それはまさしく作中でも「スクールアイドルたちの甲子園」と形容されることと同じくして、ファン文化の形成においても重要な立ち位置を占めている。

 また、当作品には現在「ラブライブ!」、「ラブライブ!サンシャイン!!」、「ラブライブ!虹ヶ先学園スクールアイドル同好会」、「ラブライブ!スーパースター!!」の 4 作品が存在し、それぞれに異なるキャラクター群及び楽曲、パフォーマンスが存在しており、とりわけメディアミックス作品としての成立に契機を見ていることもあってか、ファンによる二次創作を通したファンダムの形成と共に様々な「参加型文化」としての特性が挙げられる *²。

 こうした特徴を差し引いて「ラブライブ!」というシリーズは語るべくして語ることは難しく、さらに「声優/中の人」という陰の立役者が実際にアニメキャラクターと同じ視覚的特徴、音声的特徴を纏いパフォーマンスを行うことで前景化されている点も本作品の大きな特徴の一つとなっている。

 以上の「ラブライブ!」シリーズ全体に目を向け、要所の系譜をたどることを目指す視座も大いに有用な実践ではあるが、本論考ではあえて趣旨を変え、諸作品群の中でも第三作目に当たる『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』という作品に着目し、「あなた」というキャラクターの意味内容を表象イメージの中に位置づけて論じることを第一の目標とする。
 そのうえで、導入として「ラブライブ!」シリーズの誕生から現在までの系譜を概説としてまとめることから議論を開始したい。

2、 メディアミックス作品としての『ラブライブ!』とオーディエンス

 『ラブライブ!』という作品は正式名称を『ラブライブ! School idol project』(ラブライブ スクールアイドルプロジェクト)とし、KADOKAWA(アスキー・メディアワークスブランド)、ランティス(現・バンダイナムコアーツ)、サンライズの 3 社によるプロジェクト「ラブライブ!シリーズ」の第 1 作として、2010 年 6 月に初期の漫画版が連載開始したことに端を発する。

 当時はまだ社会的認知は低く、シリーズ最初の音楽商品「僕らの LIVE 君との LIFE」の CD をコミックマーケット上で先行発売したものの二桁程度しか売れなかったことなども含めて、現在でこそ語られる「ラブライブ」という概念が現在とは大きく異なった様相をしていたものであるということが理解できる。*³
 
 その後第一作のスクールアイドルである「μ‘s(ミューズ)」は 2011 年に『電撃 G’sマガジン』上で漫画版が連載され、翌年には声優によるライブパフォーマンスイベントが実施された。

 この「アニメキャラを声優が演じる」という構図は古くから松田聖子や中森明菜などを中心に盛り上がっていた当時のアイドル文化の流れを汲み、作品内のキャラクターがアイドル的な人気を博すなどの事例もたびたび生じており *⁴、アニメ分野において消費されてきた形態ではあったものの、これを「ライブ」という形式に確約し、その地位を確かなものにしていったのは他でもないラブライブシリーズの暗躍によるものが大きいと考えられる。

 さらに 2013 年にはキャラ設定などを一新したテレビアニメ版が放送スタートし、翌 2014 年にはテレビアニメ 2 期、そして 2015 年には劇場版が公開される。テレビアニメ化後は女性ファンも増え、消費段階での母体数そのものが増加したほか楽曲数の向上や声優陣の精力的な活動も相まって、社会的認知も向上していった。

 ここでいう社会的認知の中に「女性層」による消費が見受けられる点には本作品における「スポ根」的要素が不可分に起因していると考えられており、「μ‘s」がアイドル活動を通じて生じる様々な障壁や葛藤を乗り越えて青春を乗り越えていく姿を消費者自身が自分の困難と照らし合わせ、偶像を重ねることで共感を生んだのではないかと考察されている。*⁵

 以上の歴史を繰り広げ、ラブライブは一度幕を閉じる。しかし直後に続編となる「ラブライブ!サンシャイン!!」が公表され、「ラブライバー」と呼称されるオーディエンスの中には発表に戸惑う物や続編は認めないという思想集団(μ‘s絶対主義)、ないしはファン活動そのものを引退してしまう者が現れるなど、混沌を極めた。
 その後発表されたのがシリーズ三作目となる「ラブライブ!虹ヶ先学園スクールアイドル同好会」である。

3、 「外伝」としての『虹ヶ咲』における「あなた」という表象

 発表及び活動開始当初から「スポ根」的要素を大々的に掲げ、そこに青春というアプローチを介在させることによって消費者の共感を掴んでいったラブライブシリーズであったが、「ラブライブ!虹ヶ先学園スクールアイドル同好会(以下、虹ヶ咲)」という作品を皮切りに、その要素が大きく変容することになる。

 シリーズ第三作目となる本作品は従来までグループ内のリーダー的存在であった「主人公」が「キャラ群を引っ張っていく」という構図が取り消され、驚くべきことに消費者(視聴者)自身が「あなた」というキャラクターであり、同時に自らがグループ活動の立役者として顕現することになったのである。
 
 これを加味すると、2011 年にテレビアニメ化されたバンダイナムコゲームス(現:バンダイナムコエンターテインメント)が発売した同名のコンピューターゲーム「アイドルマスターシリーズ」を原作とした「THE IDOLM@STER *⁶」第一話において、原作でもアイドルたちの育成を手掛けた「プロデューサー」というキャラクター(=消費者)に対し、テレビアニメ第一話限定で冒頭 15 分程度のみアイドルたちが視聴者に話を投げかける形で台詞を生成し、視聴者に没入感を与える効果を与えていた数奇な実践を想起しうるが、「虹ヶ咲」でも同様の仕様が施されているといえる。

 「虹ヶ咲」もかつてはアニメ化の企画は存在せず、「虹ヶ咲」の直接の原作となるアプリゲーム『ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル ALL STARS(以下、スクスタ)』の前哨として展開していた「PDP(パーフェクトドリームプロジェクト)」の中で、新しいスクールアイドルとして誕生した「虹ヶ咲」が徐々に人気を獲得していったことに由来し、アプリ内のストーリーを軸にアニメ化されたものとなる。

 「電撃G‘sマガジン」上で開始された読者参加型のメディアミックス作品を得意とするラブライブシリーズから大きな逸脱を見る本作品は想定通り「アニメ化」にわたるうえでの問題として「視聴者の立ち位置」が不確定要素となった。
 そこで「虹ヶ咲」では「スクスタ」内で登場した「あなた(ファンからは「あなたちゃん」として認知されている)」を「高咲侑(たかさきゆう)」という新たなキャラクターとして表象し、従来とは全く異なる「外伝 *⁷」としてのラブライブが誕生することになった。

4、 「あなた=視聴者」のホメオスタシス

 「侑(ゆう)」という名前が英語で言うところの「You(あなた)」を彷彿とさせることも相まって「視聴者=あなたちゃん=高咲侑」という構図が前景化されていることを解釈したところであるが、ここで本論考の主題である「あなたとは誰か」という問題提起に対する解を詮索するにあたって、果たして「あなた」が「視聴者」であるということの確約性を担保させるに等しい明確な根拠が存在するのだろうか。
以下、ホメオスタシスの視座を踏まえて論ずることにする。

 ホメオスタシス(恒常性)という言葉は通常医学の界隈で生物の内部環境を外的要因に影響されない形で一定に保ち続けようとする傾向の特性を指し示すものであるが、ファンダムとしての参加型文化を俯瞰した際、「推し」という概念そのものが各シーズンのアニメ放送開始によって悉く揺らぎ、いちオタクにとっては「嫁 *⁸」が何人も存在するという事態に陥っていることが多々見受けられるようである。これはある種オタクのホメオスタシス (ここでは一人の女性を愛する精神)が脅かされることによって、消費の段階が希薄なものになると同時に各アニメ作品に内在するイデアによってオタクが翻弄されているとも考えられる。

 ここで本論考において扱った「虹ヶ咲」に関する諸項を再度想起すると、一見してオタクが「あなた」という没入に会する安心感の名目上で「高咲侑」という表象概念を作り出し、そのホメオスタシスの中でアニメ世界に没入することを許したのはラブライブ製作者陣営の私欲によるものであるとも考えられるし、そこで展開される「消費者↔アニメ世界」という参加型文化のダイクシス空間はまさにイデア的抽象概念の華奢な部分のみを駆逐すべくして台頭したものであると考えるのが自然なのではないだろうか。

5、 結びにかえて

 アニメ世界とは、参加型文化の興隆によって一躍巨大なコンテンツへと肥大し、オタクの創造力をかきたてる領域をたしかなものにする空間である。

 そこでは三次元上で展開されることのない人間の憎悪、哀愁、愛、執念、情熱等々多種多彩なまでの人々の感情がホメオスタシスによる従属を介することなくひけらかされているのが現状である。

 本論考において扱ったラブライブシリーズもそのひとつであり、特に注意深く扱った「虹ヶ咲」というコンテンツは「あなた」という表象(representation)が独自の視点で語られているために飛躍的な二次創作の領域を獲得させることに成功したひとつの例に過ぎない。

 なお、ラブライブシリーズ含めアニメのコンテンツ消費の中には「聖地巡礼」というコンテンツツーリズムの大きな枠組みが存在し、地産地消的に循環する輪廻のような消費形態が存在するが、主題からの逸脱を避けるため、これについてはまた稿を改めて論じることにしたい。

※各注釈
*¹…作中に登場する「学校でアイドル活動を行う集団」、またはその活動自体を指す名称。

*²…「参加型文化」という言葉はアニメ作品とリアルとの構図を文化論的に著した須川亜希子氏の『2.5 次元文化論―舞台・キャラクター・ファンダム』第 1 章「二・五次元文化」の興盛 2 節「参加型文化—パフォーマンスとしての二・五次元文化実践」において、「デジタルメディアの発達によって、インターネット、特に SNS を通じて、送り手と受け手の混交したアクターたちが相互に行動することで収斂した結節点に文化は生産される」という言説が紹介されていることからも、その優位性が担保されている。

*³…『電撃 G's magazine』編集部に美少女系企画の共同制作の提案があり、『G's』サイドから提案した 3 パターンのうち、サンライズも以前から検討していた「アイドルもの」が採択された後、音楽要素が必要ということから、『G's』が過去に手掛けた『シスター・プリンセス』にも関わったランティスの参画が決まった。

*⁴…リン・ミンメイは、テレビアニメ『超時空要塞マクロス』および、関連作品に登場する架空の人物であり、同作品の主要登場人物のひとり。声の出演は飯島真理が担当し、セル画手法のアニメとしては異例の映像クオリティであったため、彼女の歌唱シーンは現在でも YouTube 上などで称賛され続けている。なお、セル画最後のマクロスは『マクロスプラス』と並行し、1994 年から 1995 年にかけて放映されたテレビアニメ『マクロス 7』をはじめとする作品群における OVA『マクロスダイナマイト 7』とされている。

*⁵…2015 年に公開された劇場版では本作の主人公である高坂穂乃果が「限られた時間の中で精一杯輝こうとするスクールアイドルが好き。」と発言している。

*⁶…芸能事務所のプロデューサーとなって女性アイドルを育成するゲーム『THE IDOLM@STER』シリーズのテレビアニメ化作品としては、2007 年にサンライズが制作した『アイドルマスター XENOGLOSSIA』に次いでの第 2 作である。
テレビ放送された作品に限定しない場合は、2008 年の『THE IDOLM@STER LIVE FOR YOU!』に同梱されたフロンティアワークス制作による OVA 版を含めて 3 度目のアニメ化作品となる(Wikipedia 「THE IDOLM@STER」参照)。
なお、「ゼノグラシア」と呼ばれる全身作品ではキャラの形態的特徴は同じものの、作品そのものが「SF ロボット作品」であったため、視聴者からは「汚点」や「失敗作」などと揶揄されることになる。

*⁷…テレビアニメ化などに先立ち、原案は従来の二作品と同じく公野櫻子氏が担当しているものの、監督含めそれ以外のスタッフは一新されている。同時に、作画も変更されているため、一部のファンからは「こんなのラブライブじゃない」といった批判も一部巻き起こった。

*⁸…明確な定義は存在しないものの、「オタク」という文化的な専門集団は自らの趣味趣向に合った女性像のキャラクターを「推す」ばかりに、その過度な愛ゆえに「嫁」と形容することがしばしば散見される。なお、黎明期の「おたく」と参加型文化における簡易的な「オタク」の表記については森川嘉一郎氏の『趣都の誕生―萌える都市アキハバラ (幻冬舎文庫)』を参照のこと。

参考文献

・Web サイト Wikipedia「ラブライブ!」
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E
3%83%96!#%E5%A4%96%E9%83%A8%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AF)

・『2.5 次元文化論―舞台・キャラクター・ファンダム』第 1 章「二・五次元文化」の興盛 2 節「参加型文化—パフォーマンスとしての二・五次元文化実践」、須川亜希子著、青弓社、
2021 年

・Web サイト Wikipedia「マクロスシリーズ」
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9%E
3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA)

・『趣都の誕生―萌える都市アキハバラ (幻冬舎文庫)』森川嘉一郎著、幻冬舎文庫、2008 年

・Web サイト Wikipedia「THE IDOLM@STER (アニメ)
(https://ja.wikipedia.org/wiki/THE_IDOLM@STER_(%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%8
3%A1)

・Web サイト Wikipedia「ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会」
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%96%E3%83%A9%E3%82%A4%E 3%83%96!%E8%99%B9%E3%83%B6%E5%92%B2%E5%AD%A6%E5%9C%92%E3%8
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