羊羽

文字を書いてます。

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最近の記事

覚悟

捨てられた文字たちを見て覚悟する君の背中を二度見していた

    • センス

       センスのある人の文に屈してここ最近は何も書いていませんでした。  これからも書くかは未定です。飽き性なので。

      • 中途半端な人生

         僕は全てにおいて中途半端が似合う男だと自負している。いくつかの項目に分けてその中途半端さを列挙していこう。 容姿 勉強 運動 才能 この四項目を細分化して評価していこうというのが今回の内容である。  まず容姿だが、突出して良い部分が見当たらない。身長は178cmと平均からしたらそこそこ高い数値であるが、それ以外は中途半端である。顔の歪みは気になるし、目は細長い。別に世から避けられるほどの不細工ではないが、かといって絶世の美男とは到底言い難い。  次に勉強だが、

        • 記憶の記録

           小さい頃から物語を頭の中で錬成してはそれを書き足して楽しむ少年だった。頭の中には幾つもの物語の断片的な記憶があって、未だに「こういう設定にしたほうがおもろいだろう」と考えることがある。  一番最初に物語を生成したのは、僕の記憶が正しければ小学生の頃で、イナズマイレブンを真似た自分なりの空想サッカー物語だった。火を使うから火炎秋人、水を使うから水川瑞樹みたいな安直なネーミングセンスだったのを今でも記憶している。  中学生になると、PSPでウイイレをプレイするようになった。

          鱒と僕

           数年前、"鱒掴みで捕まえた鱒をでかい浴槽で飼う"という馬鹿なプロジェクトを本気で実行した奴らがいた。もちろんその中に僕も含まれていて、なんなら中心メンバーの一人だった。  浴槽に水を張って、温度を調整する。ここまでは順調だった。主役の登場と言わんばかりに鱒を浴槽に流し込むも、数分も経たないうちに鱒は動かなくなった。僕たちは"住環境の変化"という懸念を一つも考えていなかったのである。水は塩素を含んだ水道水で、大きい浴槽と言っても川と比べたらちっぽけなただの四角い箱。これが魚

          サンドイッチ

          楽しかった思い出は、日常の中に挟まれている。 僕はこれをサンドイッチと呼んでいる。 思い出とは普段の日常からはみ出したご褒美みたいなもの。 でも、思い出は人生におけるゴールではないから、僕は死ぬまで日常に挟まれ続ける。 日常が僕の思い出を押し潰さないように、必死に藻掻いて抑え続ける。 具のないサンドイッチなんか、誰が食べたいもんか。

          サンドイッチ

          文字を書くということ

          今回は詩ではなくて、ただの随筆です。  僕にとって文字を書くということは、芸術の一種だと思います。世の中にはたくさんの文字で溢れていて、それの一つ一つが、色が付けられたように活き活きとしているように見えます。詩や短歌、俳句に小説。これらすべてが、同じ言語を使った全く違う芸術になるというわけです。  現代社会ではもっぱら"本を読む人が減った"と言われています。確かに僕の周りを見ても、本を読む人はさほど多くないように感じます。国語の授業であれだけ読まされてきた物語を、ピタリと

          文字を書くということ

          ドライブ

          「ねぇ見て海が見えるよ」 私は運転しているあなたの横顔をまじまじと見つめていました。 きれいな海ですら背景になるあなたを誇らしく思います。

          ドライブ

          モテ期

          大きな海に乱反射した太陽が、 私にたくさん向かってくる。 とうとう人以外にもモテ始めたのか。 一気に来られても困るけどね。 そんなに悪い気はしないな。目には悪いけど。 #創作大賞2024 #詩

          僕の身体は気温で火照り、 食べかけのアイスはもう全て溶けた。 耳を澄ますと蝉の声が聞こえ、 風鈴が挨拶を済ます。 自己主張の強いヤツらめ。 そんなに嫌いじゃないんだけどね。夏。 #創作大賞2024 #詩

          しを書くということ

          詩を書くことは、 私にとっては自己表現。 将来を見据えたその先を、 星座を作るように、言葉を紡ぐ短い物語。 でも、未来のことばかりを見つめていたら、 死を書くことになりそうで少し怖いかな。 #創作大賞2024 #詩

          しを書くということ