エネルギーで考える魔法設定

以前に、別の場所で書いたものを書き直したものです(万一、似た文章を見つけても、パクリではありません)


物理と魔法とテクノロジー

地球に魔法が使える人は多分いないけど、現代日本のファンタジーの多くには魔法が出てくる。創作世界に出てくる魔法の中には、回復魔法や召喚魔法のように、タネや仕掛けを用意しても、実現の難しそうなものもあるが、一方で、物が燃える、物が凍る、爆発するなどの比較的単純な現象を起こすだけのものもあって、これらの現象自体は、別に(地球の)物理法則と矛盾してるわけではない。

創作世界の物理法則がどういうものかは分からないが、仮に地球の物理法則と矛盾しない魔法があった場合、このような現象を起こすのに、どれくらいエネルギーが必要かを計算してみることができる。"物理法則と矛盾しない魔法"は、もう魔法じゃないだろうという気もするけど、それはともかく、この計算自体は、対象が魔法かテクノロジーかに関係なく、成立する。

例えば、照明技術は、白熱電球、蛍光灯、LEDなどがあって、細部はそれぞれ異なっているが、可視光成分のエネルギー量から、明るさを比較することができる(明るさは、純粋な物理量でなく、人間の視覚の生理学も関与してくるものではあるが)。このことから、ある明るさの照明を実現するのに、最低限どれくらいのエネルギーが必要かを見積もることができる。この計算は、照明技術の細部を理解するのには、何の役にも立たない。しかし、照明の実現方法と何の関係もないということは、物理法則と矛盾しない限り、魔法の仕組みを特定しなくても、照明魔法に対して、計算が適用されていいということでもある。

魔法が物理法則と矛盾しなくても、魔法が効率のいいものとは限らないので、必要エネルギーの数倍、数十倍のエネルギーを消費している可能性はある。これはテクノロジーでも同様で、白熱電球のエネルギー効率は非常に悪い。


海外のファンタジーには、SFのジャンル区分であるハードSF/ソフトSFから派生したhard magicとsoft magicという用語があるそうだ。ハードSFとソフトSFは、登場する技術や生物が、理論的に実現可能/存在可能かどうかで判断される。hard magicとsoft magicは、魔法の設定や制限が詳細に決まってるか、ご都合主義的に変えられるかで判別される。

hard magicには、物理法則と調和することは要求されてないけど、物理法則と矛盾しない魔法は、hard magicの一種と見なしてもいいだろう。以下では、地球の物理法則と矛盾しない魔法のみを考えて、単に、魔法と呼ぶことにする。

魔法以外のエネルギー消費

魔法に必要なエネルギーを計算する前に、目安として、魔法以外の現象に於けるエネルギーの大きさを、いくつか見ておく。エネルギーの単位としては、キロジュール(kJと書く)を使うことにする。多分、現代の大抵の日本人が馴染み深いエネルギー単位はカロリーで、20歳前後の日本人の一日の消費カロリーは、2000〜2500キロカロリーだけど、これは、キロジュール単位で書くと、8368〜10460kJに相当し、約10000kJになる。

一日は、86400秒なので、一秒あたり、0.116(kJ)=116(J)程度のエネルギーを消費している計算になり、大体、日本人は、120W弱で動作していることを示す。当然、安静時と運動時では大きく異なり、120Wは平均値である。待機状態のスマホだと、0.1W未満、アプリ使用時のスマホで、1W程度のようなので、それに比べると、大分多いが、質量的には、スマホは約200gのものが多いので、質量あたりのエネルギー消費効率で見れば、人間とスマホの違いは、それほど大きなものではない。


まず、投球の運動エネルギーを考えてみる。野球のボールの重さは、150g程度らしい。時速100kmは秒速27.8メートルくらいなので、計算しやすい速度25(m/s)での投球を考えると、投球でボールに与える運動エネルギーは、46.875(J)=0.046875(kJ)と計算できる。

次に、跳躍時に人体が得る運動エネルギーを考える。これは、最高高度到達時とジャンプ開始直前の位置エネルギーの差に等しい。高校生男子の垂直跳び平均は62cmらしいから、跳躍高さを0.6メートルとする。体重は50kgとしておく。位置エネルギーの差は、体重と重力加速度9.8(m/s^2)と跳躍する高さの積で、294(J)となり、約0.3(kJ)としていいだろう。投球の時の6倍程度の運動エネルギーを人体は得る計算になる。この差は、腕力より脚力が強いことの表れだろうか。

現代の地球では代表的な攻撃手段である銃弾の運動エネルギーを考えてみる。弾丸の重さは10g程度が多く、初速度は、かなり幅があるけど、音速340(m/s)としてみる。拳銃弾の初速は、こんなものらしい。運動エネルギーは578(J)で、約0.6(kJ)になる。弾丸の運動エネルギーの源は、火薬の化学エネルギーであり、これの一割程度が、銃弾の運動エネルギーに変換されてるようである。

より強力な銃弾として、.30-06スプリングフィールド弾というライフル弾は熊撃ちなどに使用されるらしいけど、初速が900m/s近く、運動エネルギーは約4(kJ)となるらしい。


0.6(kJ)、4(kJ)は、それぞれ、0.15キロカロリー、1キロカロリー程度であるが、0.15キロカロリーのエネルギーでも人間に大ダメージを与え、1キロカロリーのエネルギーで熊に大ダメージを与えると思うと、とても少ない感じがする。大抵は、こんなに効率よく、エネルギーを破壊に利用できない。例えば、体重50キロの人が、100メートル10秒で走る速度(時速36km)で衝突してきた場合、運動エネルギーは2.5(kJ)で、これは拳銃弾のエネルギーより大きいけど、拳銃で撃たれるより、危険性は低いだろう。


ファンタジーで頻出の弓矢の計算もしておく。ばらつきも大きく、いいデータが見つからないけど、矢の重さは20g程度で、初速は最大60m/s、時速にして216km/hくらいは出る場合もあるようだ。運動エネルギーは36(J)=0.036(kJ)で、投球よりも小さい。実物の矢を見たことも射ったこともないけど、矢でも頭蓋骨程度は貫通するらしい。投球、矢、銃弾は初速の比較で、いずれも空気抵抗のために、遠くに行くほど、エネルギーは減少する。

ライフル弾では、城壁を破壊するのは難しい。攻城兵器には様々なものがあり、トレビュシェットと呼ばれる投石機は、140キロの石を300メートル飛ばすことができたらしい。打出角度を45度して、初速度が54m/sであれば、飛距離は約300メートルとなる。運動エネルギーは204(kJ)と計算できる。

爆発について調べるとTNT換算というのが出てくる。TNT火薬1kgの爆発を想像できる人は少ないと思うので、換算しても分かりやすくないけど、TNT火薬1kgの爆発エネルギーは4184(kJ)らしい。これは、カロリー換算した時にキリがいいという理由で決まってる近似値らしく、1000キロカロリーに等しい。TNT火薬1kgの爆発の目安としては、2017年に、ロシア地下鉄で自爆テロと見られる事件があり、TNT火薬1kg相当の爆薬が使用された結果、乗客11人が死亡、45人が負傷したという記録がある。


まとめると、オーダーとしては、以下のようになる。

- 矢の運動エネルギー: 0.036(kJ)
- 投球の運動エネルギー: 0.047(kJ)
- 成人した日本人の一秒あたり平均消費エネルギー: 0.116(kJ)
- 体重50kg、高さ60cmの跳躍エネルギー: 0.3(kJ)
- 拳銃弾の運動エネルギー: 0.6(kJ)
- ライフル弾の運動エネルギー: 4(kJ)
- 投石機で発射される岩の運動エネルギー: 200(kJ)
- TNT火薬1kgの爆発エネルギー: 4184(kJ)
- 日本人の一日の消費エネルギー: 10000(kJ)

加熱

続いて、魔法のエネルギーの計算をしていく。最初は、魔法の代表格と言える火属性魔法を考える。多くの創作世界で、火属性魔法は、炎を伴う描写がされており、燃焼反応が起きてるように見えるが、何が燃えてるのか考えだすと面倒なので、ここでは高温生成のみを考える。

大体、炎の中心温度は1000度とか2000度らしいから、ある領域の空気を、この温度まで加熱するのに必要なエネルギーを考えればいい。空気の温度が1000度になれば、通常の環境下では、多分、木や布は発火するだろう。人体も発火するかもしれない。


加熱する空気の体積を、1立方メートルとする。これは1000リットルなので、人間の体積よりは十分に広い範囲と言える。球だったら直径120cmちょっとで、このサイズの火球が現実に出現したら怖い。気体1モルの体積は、標準状態で、22.4リットルだから、50モル弱に相当する。温度を1000度上昇させた場合、空気の内部エネルギーの変化は、モル数と気体定数と温度を掛けて2.5倍したものになる。気体定数は8.31446(J/K/mol)で計算すると、約1000(kJ)のエネルギーを最低でも外部から供給する必要がある。


空気の温度を1000度も上昇させた場合、体積が急激に膨張することになり、加熱以外に、この膨張で行われる仕事にも、エネルギーが消費される。マイヤーの関係式というものを使うと、必要なエネルギーは、内部エネルギー変化の1.4倍と分かり、1400(kJ)になる。TNT火薬1kgの爆発エネルギーよりは小さい。松明や焚き火に着火するだけなら、ずっと狭い領域を加熱すればいいので、必要エネルギーは1/1000以下になるだろう。


ダメージを与えるには、空気を加熱しなくても、人体を直接加熱すればいい気もする。体温が急に10度もあがったら、人間は昏倒し死亡するだろう。人間の体は6〜70%が水分と言われてるので、体重50kgの人には、約30kg程度の水分が含まれていて、1カロリーというのは、本来は水の温度を1度あげるのに必要なエネルギーと定義されていた。30kgの水の温度を10度あげるのに必要なエネルギーは、300キロカロリーで、約1255(kJ)に相当するので、1立方メートルの空気を1000度加熱するのと大差ない。


電子レンジと比較してみると、電子レンジの出力は大きいもので1000Wで、一秒間に1kJのエネルギーを消費する。全てのエネルギーが加熱に使われるとしても、1255(kJ)の熱を加えるのに、20分ちょっと必要な計算になる。戦闘中に、敵は20分も待ってくれないだろうから、電子レンジの数百倍くらいの出力は出せないと、話にならなそうだ。かつて、飼い猫を電子レンジで暖めるという悲しい事件があった。猫の重量は、人間の1/10以下なので、計算上、1〜2分の加熱でも、致命傷となりえる。

冷却

火属性の対極にあるのは、大抵、水か氷だけど、少量で殺傷力を得るのは難しいし、大量の水分を用意するのも制約がきついので、単純に、加熱の対極として冷却を考える。


簡単のために理想気体の冷却を考える。理想気体の状態方程式$${pV = n R T}$$から明らかな通り、温度を下げれば、圧力か体積の少なくとも一方が小さくなる。冷蔵庫内では、体積が一定なので、冷却すれば内外で圧力差が生じる。家庭用冷蔵庫では問題を感じないが、扉の面積が大きかったり、内外の温度差が大きければ、開けるのに苦労することはありえる。

一般に冷却魔法は、密閉空間ではなく、大気中で開放された状態で使われると思うので、最終的な圧力は大気圧と等しいことにする。冷却に必要なエネルギーの下限値は、気温を$${T_{i}}$$、最終的な冷却温度を$${T_{f}}$$、比熱比を$${\gamma}$$とすると、

$${\dfrac{\gamma n R}{\gamma - 1} (T_{i} - T_{f})}$$

になることを証明できる。

(原理的には)この下限を実現できることの証明は、熱力学が必要なので後回しにする。有限エネルギーで絶対零度に到達できるかのようだが、絶対零度では圧力か体積の少なくとも一方は0になることからも予想されるように、理想気体の仮定そのものが、絶対零度近くの低温では妥当でない。

理想気体の定圧モル比熱が$${C_{p} = R \dfrac{\gamma}{\gamma-1}}$$であるために、(圧力一定の条件下で)気体をある温度まで加熱するエネルギーと、それを元の温度まで冷却するのに必要なエネルギーは等しく、拮抗することを示している。勿論、これは最大限効率よく冷却できたらの話であるし、プラズマ化が無視できないほどの高温では議論を適用もできない。

初期温度を摂氏30度、大気圧を1気圧、比熱比を1.4として、投入するエネルギーの計算値をいくつか列挙する。

体積は変化するので1モル当たりにする方がいいけど、体積の方が、日常感覚で理解しやすいので、初期体積1立方メートル当たりのエネルギー量を、計算することにする。これはモル数で書くと、40.6モル程度に相当する。で、計算値は以下の通り。

最終温度が-30度の時、投入エネルギー $${71 \space \mathrm{kJ/m^3}}$$

最終温度が-60度のとき、投入エネルギー$${106 \space \mathrm{kJ/m^3}}$$

最終温度が-90度のとき、投入エネルギー$${142 \space \mathrm{kJ/m^3}}$$

最終温度が-120度のとき、投入エネルギー$${177 \space \mathrm{kJ/m^3}}$$

最終温度が-200度のとき、投入エネルギー$${272 \space \mathrm{kJ/m^3}}$$

これは気体に対する計算だけど、酸素は-183度で、窒素は-196度で液化するので、最後の数値はおそらく正しくない。

 

冷却に必要なエネルギーの下限公式

後回しにしていたが、冷却に必要なエネルギーの下限式を証明する。気体のモル数は、$${n}$$で一定として、最初の圧力、体積、温度を$${p_i,V_i,T_i}$$とする。また、最終的な圧力、体積、温度を$${p_f,V_f,T_f}$$とする。既に述べたように、$${p_{i} = p_{f}}$$は大気圧に等しいとする。

最初に、準静的な等温圧縮→準静的断熱膨張という過程で、冷却した場合の投入エネルギーを計算する。準静的な等温圧縮後の圧力、体積、温度を$${p_{m},V_{m},T_{m}}$$としておく。この状態は以上の条件から一意に決定できるが、直接計算する必要はない。

準静的断熱膨張ではエネルギーを投入する必要はない。断熱なので熱の出入りはなく、膨張なので、むしろ気体が外部に仕事をする。

準静的等温圧縮では、外部から仕事を加えるが、理想気体の内部エネルギーは温度のみに比例し変化しないので、外部から加える仕事はエントロピー変化による内部エネルギーの変化分と相殺する必要がある。エントロピー変化を$${\Delta S}$$とすれば、必要な仕事は$${-T_{i} \Delta S}$$に等しい。

理想気体のエントロピーは以下の式で書ける。$${C_{V}}$$は定積モル比熱で、$${S_{0}}$$は定数。

$${S(T,V) = n C_{V} \log(T) + n R \log(V) + S_{0}}$$

ここで、$${\Delta S = S(T_{m} , V_{m}) - S(T_{i} , V_{i})}$$だが、準静的断熱膨張ではエントロピー変化がないので、

$${\Delta S = S(T_{f} , V_{f}) - S(T_{i} , V_{i})}$$

だと分かる。$${p_{i}=p_{f}}$$と状態方程式に基づく$${\dfrac{V_{f}}{V_{i}}=\dfrac{T_{f}}{T_{i}}}$$に注意すると

$${\Delta S = n(C_{V}+R) \log \dfrac{T_{f}}{T_{i}}}$$

と計算できる。比熱比$${\gamma}$$を使えば、$${C_{V}+R = \dfrac{\gamma R}{\gamma-1}}$$なので

$${\Delta S = n\dfrac{\gamma R}{\gamma-1} \log \dfrac{T_{f}}{T_{i}}}$$

同じ式は、準静的等温圧縮で外部から加える仕事を$${-\Delta W= \displaystyle \int_{(T_i,V_i)}^{(T_m,V_m)} pdV}$$で計算しても得られる。


これより効率的な冷却過程が存在する。中間温度$${T_{v}}$$まで同じ方法で冷却して、また同じ過程で最終温度$${T_{f}}$$まで冷却すると、そっちの方が効率がいい。

更に、$${k}$$個の中間温度$${T_{(1)} , \cdots , T_{(k)}}$$を経由すれば、もっと効率がいい。その時、投入エネルギーは、$${T_{(0)}=T_{i} , T_{(k+1)} = T_{f}}$$として

$${ \dfrac{\gamma n R}{\gamma-1} \displaystyle \sum_{n=0}^{k} T_{(n)} \log \left( \dfrac{T_{(n)}}{T_{(n+1)}} \right) }$$

となる。$${T_{(n+1)} = T_{(n)} - \Delta T}$$として、$${k \to \infty}$$の極限を取る。

$${ T_{(n)} \log \left( \dfrac{T_{(n)}}{T_{(n+1)}} \right) = T_{(n)} \log \left( \dfrac{T_{(n)}}{T_{(n)}-\Delta T} \right) = -T_{(n)} \log( 1-\dfrac{\Delta T}{T_{(n)}} ) }$$

で、$${\Delta T}$$が微小の時は、$${-T_{(n)} \log( 1-\dfrac{\Delta T}{T_{(n)}} ) \approx \Delta T}$$と近似できる。

$${(k+1)\Delta T = (T_i - T_f)}$$に注意して和を取ると、投入エネルギーは

$${\dfrac{\gamma n R}{\gamma - 1} (T_{i} - T_{f})}$$

となる。もっと簡単に

$${- \displaystyle \int_{(T_{i},V_{i})}^{(T_{f},V_{f})} T dS }$$

の積分計算をしても、同じ結果が得られる。エントロピーを減らすのに必要なエネルギーと解釈できる。

電撃

雷属性魔法も創作世界ではありふれているが、電気によるダメージは、熱傷によるものと、心肺停止によるものが存在する。どっちが効いてるのか分からないが、何となく焼けている印象が強い。

(磁場の影響を無視するなら)物質中を移動する荷電粒子は、電場によって加速され、周囲の物質から抵抗を受けて減速する。両者が釣り合って平均的に一定速度を持つと、巨視的には、一定の電流が流れてる状態になる。熱傷は、ジュール熱によるので、電流と電圧が共に影響する。電気によらない通常の熱傷では、体表(気管とかも表面ではある)の被害が最大になるだろうが、電撃による熱傷は、深部のダメージが大きいことに特徴があるそうだ。

一方、心臓麻痺を起こすかどうかには、心臓に流れ込む電子の数が大きな問題で、電圧は重要でないとされている。国際電気標準会議(IEC)によれば、商用周波数の交流では、50mAの電流が1秒以上、体内を流れると心室細動の危険があるとしている。直流より交流の方が危険と書いてるので、電子の数だけが問題というわけでもないさそうだけど、電圧の大きさは、心室細動に対して、大きな影響を持つと見做されてはいない。入念に準備して人体実験できるわけでもないだろうから、どうやって決めた数字かは謎だけど、安全性に関わるものなので、大きく間違ってることはないと信じる。スタンガンは、電圧は非常に高いが、出力電流は3~5mAと書いてあって、死に至る危険性はないとされる。


馴染み深い電撃としては落雷があるが、比較的弱い落雷でも、電圧は1億ボルト、平均電流は1000アンペア程度はあるらしい。放電持続時間を1ミリ秒とした場合、単純計算では、総電力量は10万(kJ)になる。乾燥空気の絶縁耐力を3000(V/mm)として、高度1km地点と地表間に電流が流れるためには、30億ボルトが必要な計算になる。1kmはかなり低高度であるにも関わらず、電圧は1億ボルトより大分大きい数値になるので、落雷は、単純な絶縁破壊ではないと書かれてることもあるが、本当かどうかは分からない。

雷のエネルギーが全て人体を焼くのに使われれば、人間は即死だろうが、実際の落雷では熱傷自体は、比較的軽度で済むことが多いそうだ。雷が通る経路の大部分は大気であり、体内を通る距離がせいぜい2メートルくらいなのに対して、大気中の経路は数km以上と、これだけでも、1000倍くらい差がある。加えて、空気の電気抵抗は人体に比べて、遥かに高いため、同じ距離で比較しても、体内より大気中の方がジュール熱の発生は、ずっと多い。雷の通り道である放電路は、三万度、十気圧になるらしい。

以上を踏まえると、落雷を起こして攻撃するのは、派手だけどコスパが悪い。近距離からの放電なら損失は減らせるが、熱傷によるダメージを狙う場合、結局の所、火で焼くほうが良い。


一方、心室細動は、理屈上、非常に小さな電力量で起こる可能性がある。19世紀初頭に、フンボルトは、電気ウナギが水中から飛び出して馬を感電死させたと記述しているそうで、電気ウナギは、2016年の論文によれば、数百V、1A弱、持続時間1ミリ秒程度のパルスを連発するようである。パルス間隔は、10ミリ秒間隔くらいに見える。

500Vの電位差があるところに、1Aの電流を1ミリ秒流すのに必要なエネルギーは、0.5(J)=0.0005(kJ)であり、エネルギーとしては、とても小さい。単位時間あたりのエネルギー消費で見れば、500W相当なので、安静時の人間が単位時間に消費するエネルギーの数倍になる。

仮に、心室細動のリスクが、体内を流れる電荷総量だけで評価できると仮定するならば、(国際電気標準会議が心室細動のリスクありとしている)50mAの電流が一秒流れる時の総電荷量と、1Aの電流が50ミリ秒流れる時の総電荷量は等しい。後者は、電気ウナギのパルス約50回分で、パルス間隔を考慮すると、電気ウナギの電撃を、0.5秒ほど受け続けると、心室細動の危険性が出てくることになる。現実には、電荷総量だけを問題とするという仮定は正しくないだろうが、電気ウナギの電撃で、人間が死亡する可能性は、確かにありそうに思える。

雷属性魔法によって心肺停止を狙うとして、問題は、創作での描写が地味なことだろう。

空中浮遊

地球上の物体は、重力を常に受けているので、空中で静止する場合、重力に拮抗する力を上向きに加え続けなければならない。上向きの力を加え続けると、空中浮遊する物体は、上向きの運動量を獲得し、総運動量は、浮遊時間tに比例する(重力は、下向きの運動量を与え、トータルでは相殺する)。

運動量保存則によって、何らかの物体に、これと打ち消し合う運動量が生じているはずである。重力の方は、地球に反作用がかかり、運動量が保存している。

質量mの物体が、運動量pを持つ時、エネルギーは、p^2/2mである。浮遊力の反作用を受ける物体が一定質量だと、運動量を及ぼし続けると、必要なエネルギーは、時間の二乗に比例して大きくなる。しかし、飛行機が飛ぶために必要なエネルギーは、時間に比例している。

飛行機とかは、次々と新しい空気を下方に押していくことで飛行している。つまり、浮遊力の反作用を受ける物体の質量は一定でなく、時間tに比例している。この場合、浮遊し続けるために、必要なエネルギーE=p^2/(2Mt)で、pが時間tに比例していれば、Eも時間tに比例する。そして、単位時間あたりに反作用を押し付けられる質量Mが大きければ、浮遊に必要なエネルギーは、いくらでも小さくできる。


反作用を押し付ける物体を、自分自身で生成することを考える。古典力学では、E=p^2/2mという関係が基本だったが、(特殊)相対性理論では、

E^2 = m^2 c^4 + (cp)^2

という関係式になる。cは光速度。運動量p=0の時、有名なE=mc^2の式が得られる。

上の式を、運動量pを得るのに必要なエネルギーを計算するものと読むと、質量m=0の時が、最も効率的で、E=cpとなる。例えば、運動量pの光子を、どんどん生成して、下方に吐き出していくという状況をイメージすればいい。そういうことができれば、運動量保存則によって、吐き出した光子の分だけ、上向きの運動量が得られる。

E=cpの比例係数cは、光速度なので、3億(m/s)だけど、これは、300(MW/N)でもある(単位を比べると、1W/N=1m/sである)。つまり、1Nの力を生み出すのに、30MW=3億(W)が必要ということである。体重50kgの人にかかる重力は、約500(N)なので、空中浮遊するのに必要なエネルギーは、単位時間あたり150(GW)になる。一秒間空中に浮かぶだけで、150(GJ)ものエネルギーを消費し、エネルギー効率は非常に悪い。

光子で推進するロケットは、ドイツの技術者オイゲン・ゼンガーという人が、1953年の論文で提案して以来、光子ロケットとして知られている。効率は悪いが、原理的には、燃料を積まなくても、何らかの手段でエネルギーを補充できれば、いつでも推進力を得られる利点がある。

爆発

既に、TNT火薬1kgの爆発について見たが、ここでは爆発系魔法について考える。爆発というのは、複合的な現象で、色々なパターンがある。火薬や爆薬について調べると、爆轟(デトネーション)と爆燃(デフラグレーション)という用語が出てくる。これらは共に、可燃性気体の伝播で、音速を超える場合が爆轟、音速を超えない場合を爆燃と呼ぶ。化学反応が同じであっても、条件次第で爆轟になることも、ならないこともある。

爆轟発見者の一人であるルシャトリエは、当時、パリ国立高等鉱業学校に勤めていて、炭鉱の爆発事故に関心があったようである。炭鉱の爆発の原因は、メタンガスなどのガス爆発や、炭塵による粉塵爆発、あるいは両方で、爆轟を伴うことも多いと考えられている。

水蒸気爆発は、水の急速な気化と、それに伴う急激な膨張で引き起こされるもので、圧力波が超音速で伝播する場合でも、(多分)燃焼反応を伴わないために、爆轟とは呼ばれないようである。気化に伴う体積変化を利用するという点では、ドライアイス爆弾も、水蒸気爆発と似ている。

爆発による怪我は、爆風による損傷、爆発で飛ばされた破片による損傷、その他、転倒や崩落などによる被害に分類される。パイプ爆弾は、金属片による殺傷を狙った簡易爆弾として知られる。


ここでは、純粋な爆風のみによる効果を考える。爆風の先端が到達した瞬間に、その場の圧力は、大気圧から急激に上昇し、先端が通過した後は、圧力が下がり、一旦、大気圧以下になった後、元に戻る。人体や構造物の被害の程度は、しばしば、爆風が到達した瞬間の最大圧力の大きさを基準に評価されている。

圧力変化が急でなければ、人間は、かなり高い圧力にも耐えられる。ダイビングの記録を見れば、数十気圧でも人間は特にダメージを負わずにいられるようだ。インストラクター付きなら、簡単なレクチャーの後、18メートルまで潜ることが出来、初心者であっても、3気圧相当の圧力に問題なく耐える。爆風による圧力変化では、最大圧力が2気圧に満たなくても、鼓膜に損傷を負う可能性が高い。

爆風による致死率などの評価は、周到な準備をして実験できることではないので、それほど信頼性があるとは思えないが、爆風圧が4〜5気圧くらいになると、鼓膜以外の臓器に損傷を負い、死亡する確率が、高まってくるようだ。

ともあれ、ここでは、爆風の半径、伝播速度、先端の圧力などを評価することにする。一点から球状に爆発が広がるという状況(点源爆発)を考え、地表なんかからの反射は全て無視する。


なるべくなら理論的に計算できるのが望ましいのだけど、簡単な算数のみで理解する方法が思いつかないので、多少の流体力学を用いることを許容して、Sedov-Taylorの自己相似解というものを見る。

Sedov-Taylor解は、爆発のモデルとして、一番簡単なもので、他にも、色々な解が作られてるが、大抵、Sedov-Taylor解を出発点として、近似精度をあげていくという戦略を取ってる。

Sedov-Taylor解の導出は、流体力学を知らないとできないので、今必要な結果だけを列挙すると、以下の画像の通り

画像2

TNT火薬1kgのエネルギーが、4184(kJ)という約束だったので、エネルギーEを4000(kJ)として、空気の密度として1.293(kg/m^3)を使えば、以上の式から、R,U,P(それぞれ爆風先端の到達距離、爆風先端の速度、爆風先端の圧力)は、

t=0.0001秒: R=0.5(m) , U=2055(m/s) , P=30(atm)
t=0.001秒: R=1.29(m) , U=516(m/s) , P=2(atm)
t=0.01秒: R=3.24(m) , U=130(m/s) , P=0.12(atm)

などと計算できる。Pが大気圧1(atm)より小さいあたりは、あまり意味がない。

文献値を見ると、TNT火薬1kgの爆発で、

R=1(m) => P=10(atm)
R=2(m) => P=4(atm)
R=5(m) => P=1.5(atm)

という感じらしいので、定量的な一致は、それほどよくない。TNT火薬の爆発は燃焼反応を伴いながら超音速で伝播する(それが爆轟の定義だった)のに対して、Sedov-Taylor解は、化学反応は考慮せず爆風の伝播しか考えてないという違いもあるが、それより大きな問題は、上で導入した無次元量に、大気圧が入ってないために、爆薬程度の爆発では、大気圧の影響が十分考慮されてないと思われる。Sedov-Taylor解は、物理の教科書では、超新星爆発のモデルとして出てくるけど、爆薬程度の爆発では、あまりよいモデルではないらしい。

とりあえず、爆発の威力を、あまり簡単に評価できそうな理論はないけど、4000(kJ)という、それなりに大きなエネルギーであっても、数メートルくらいの比較的近距離でしか、大きなダメージは期待できないことは分かる。

ファンタジー界の最強生物ドラゴンの大きさが、体長10メートル以上はあるとして、手や足を中心に、TNT火薬1kg相当の爆発を起こしても、致命傷とはならない可能性が高い。頭を中心に爆発させれば、謎のバリアとかない限りは、頭を吹き飛ばせるかもしれない。


ところで、爆風だと風属性魔法と被りそうだけど、風属性魔法は、竜巻だったり、カマイタチのイメージだったりするようだ。ドラクエでは、ドラクエ2以降、呪文バギがあるが、ファイナルファンタジーでは、エアロが出るのはFF8,11,12,13のようで少ない。D&Dにも、それらしい呪文はないので、バギの元ネタは、『甲賀忍法帖』の"吸息・旋風鎌鼬"あたりかもしれない。とはいえ、カマイタチのような現象が、実際に起こりうるものか、私には定かでない。

発光

冒頭で照明の例を挙げたので、計算例を書いておく。

明るさというのは、多少面倒な量ではある。第一に、可視光の波長は、約400〜800nmくらいまで幅があり、第二に、人間の眼は、可視光波長に対する感度が一定でなく、このことから、明るさは、物理量というより、生理学的な量であるという側面を持つ。可視光波長に対する感度は、微細ではあろうが、個人差がある。

また、人間の眼が直接感知するのは、エネルギー量というより、光子数であると思われる(ヒトの眼は、一個の光子を検出できるという報告もある)が、波長500nmの光子と波長700nmの光子は、同じエネルギーを持つわけではない。

そういう問題が色々あるが、現在は、可視光波長に於ける人間の視覚の感度を数値化して標準化してくれている。波長ごとの比視感度は、国際照明委員会で標準化されたものがよく使われ、日本では、計量単位規則(平成四年通商産業省令第八十号のように、法令で管理されている(リンク先の終わりの方に、数表が掲載されている)


標準比視感度は、波長555nmで最大値の1を取り、波長が、555nmから外れるに従って、0に近付く。可視光の波長ごとのエネルギー分布が分かっていれば、比視感度をかけて積分し、最後に定数683(lumen/W)をかけることで、光束と呼ばれる量が得られ、単位はルーメンである。どういう理由で683という定数が選ばれたのか知らないけど、特に意味のない恣意的な定数だと思う。

LED電球のカタログを眺めると、「全光束800lm、消費電力9W」などと書いてあったりする。lmはルーメンの略で、この場合、カタログスペックによれば、88.9(lumen/W)くらいだということになる。明るさだけを求めるなら、555nmの単色光が発光効率は最大で、683(lumen/W)になるけど、これは緑色の光である。400〜800nmの波長の光のみを含み、かつこの範囲の全波長でエネルギー強度が均一な場合、153(lumen/W)くらいになる。


ルーメンは、光源が放出する光の明るさを表すのに使われるが、太陽は地球の半分を照らしても余裕なほど明るい。日常会話で"太陽の明るさ"と言う時には、光源から放出される全ての光ではなく、我々の目に入る光の量を議論したいのが普通だろう。このような問題では、単位面積あたりに照射される光の明るさで議論するのが適切である。太陽定数は、「地球大気の外縁部で、太陽からの放射光に対して垂直な面で単位面積・単位時間当たりに受けるエネルギー」の大きさで、約1370(W/m^2)である。地表に到達する頃には、多少目減りして、最も明るい時で、1000(W/m^2)くらいになるようである。当然、曇っている日は、もっと減る。

太陽光のエネルギースペクトルは、約6000Kの黒体輻射で近似できるとされ、6000Kの黒体輻射は、発光効率が、大体、93(lumen/W)なので、太陽光の明るさは、1000(W/m^2)を掛けて、93000(lumen/m^2)になるが、これは照度と呼ばれる量で、単位はルクスが使われる。つまり、太陽の明るさは、地表で最大10万ルクスくらいに達する。

太陽のように、全方位に放射する場合と違って、レーザーポインタは、光束は小さくても照度は非常に大きくなる。波長532nm、出力1mWのレーザーポインタは、(530nmと535nmの比視感度を線形補間すると532nmの比視感度は0.88316となり)全光束0.6(lm)であるが、ビーム径が5mmであれば、照度は3万ルクスとなる。

国内で販売されているレーザーポインターは、出力が1mW未満に規制されているそうで、高出力レーザーポインタを目に照射すると、太陽を直視するのと同等以上の明るさの光源を見ることになりうる。

逆に、人間が環境を視認できる下限がどのへんかは分からないが、カメラのカタログなんかを見ると、最低被写体照度が1ルクスとか書いてある。


『ゴブリンスレイヤー』では、発光を目くらましに使っていたので、このような用途を想定して、どれくらいのエネルギーが必要か考えてみる。ルクスやルーメンは、人間の視覚に合わせて作られた単位で、人間でない生物の視覚は、人間の視覚と同一ではないだろうが、同じ太陽に適応している以上、感度が最大となる波長は、大体同じであろうし、人間の視覚と似ていると考仮定する。

そうすると、問題は、全方位に均一に光を放出する光源があって、距離10メートルの地点で、太陽と同じ明るさ10万ルクスになるようにしたい時の光源の明るさの計算となる(地表での反射などは無視することにする)。

半径10メートルの球は、表面積が約1257(m^2)なので、光源の光束は、1.2億ルーメンくらい必要である。光源の発光効率が100(lumen/W)だとすれば、この明るさの光を発生するのに、単位時間あたり必要なエネルギーは、120万ワットであり、光源の発光持続時間を0.1秒とすると、条件を満たす発光を得るには、12万ジュール=120(kJ)のエネルギーが最低限必要ということになる。

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