傘乃姥

北海道で生まれた東京育ち、しがない大学生です。息抜きに散文を書いてます。

傘乃姥

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ハブられ者のエチュード

遠い昔、しかし覚えている程度には新しい。そんな昔話をしよう。 人には人との相性というものがある。特に集団の中ではいかに自分との相性が良い相手を確保できるかで後の立場が変わる。端的に言えば、さっさと友人を作った方がハブられないと言うことだ。 一度グループを持てば、さながら縄張りを得た獣のように彼らは同じ仲間と行動を共にする。そんな姿を見てきた。こと学園生活ではソレがより顕著だった。放課後、チャイムと同時に動くのは部活や用事などがある者達だ。活力があって、自分のすべき事を分かって

    • 3時9分、ある男の話。

      「ゆっくりで大丈夫ですよ」 雨が降っていた。何年も変わらない雨だった。 叩きつけるような、一滴一滴が重く、固い音を散らすような雨でした。 「それで?」 私は雨が好きです。雨の音が大好きです。けれど人によっては嫌いと言う人も居るようです。 例えば指の裏で数回、机をノックする。親指の腹でボールペンの後ろをノックする。 こんな無意味な行動でも他人からすると騒音らしいと、この前聞きました。 「この前?」 いつ聞いた話か、一昨日だったような。去年だったような。記憶と時間感覚の

      • 苦い話と甘い蜜

        耳を立てれば聞こえて来る、どっかの誰かの不幸話。 意図してそういった情報ばかり聞いているつもりは毛頭ないが、雑音として流すには惜しいと思う。人の痛みは自分の癒しとして機能する側面があるから、きっとそういう人間的な、本能的な何かのせいだと思う。そして、そうやって理由を付けて納得している人は私以外にもいると、そう願っている。 心から信頼していた人に裏切られた、つまりは恋人に浮気された。そう零して悲しみを露わにする友人にかける言葉は如何ほどか。「それは向こうが悪いね」と、相手を

        • スターティング・スモール

          「お前は口だけだな」 プルタブに指をかけたとき、ふと先ほど聞いた言葉が脳裏を駆け抜けた。それはまるで「大して働いてもないのに飲むんじゃない」と戒められているようで、何だか少しだけ癪だった。 自分がやりたいことは割とすぐに思い浮かぶタイプの人間だと自覚している。休日は満喫するのに忙しいし、試してみたいことも挑戦したいことも尽きない。だから、1つを成功させるために10以上の方法と創意工夫を提案する、それが意欲の源でありモチベーションにもなっていた。けれども所詮、これらはくだらな

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        ハブられ者のエチュード

          湿った左手

          それはいつもの散歩道。 ここ数日続いた雨が明け、やっと換気が出来るぞと事務所の窓を開けた時のことである。 「偶には外の空気を吸ってきてはどうでしょう」 という彼女の勧めにより、もはや何日振りかも忘れた目的のない外出を楽しんでいる。ゆとりのあるズボンにお馴染みのパーカー、ポケットには小銭の多い財布と携帯のみを詰め込んでいる。 右利きが故か、持ち物は身体の右側に置いておきたくなる癖がある私は上着の右ポケットとズボンの右ポケットそれぞれに財布と携帯を仕舞う。そのため体の右側に重心が

          湿った左手

          『元気です。』

          欠伸を堪えず、腕を伸ばして空を見る。今日もいい天気である。 今朝の郵便物は3つ、うち2つは事務的なもので封を開けずに机に置いた。残る1つは見慣れない封筒、裏面を見るとそこには私が尊敬する人の名前があった。名前から顔を連想し、顔から関係性を特定。その工程が終了したとき霧がかかっていた思考はシャボン玉のように弾けやっと意識が覚醒した。 代り映えの無い日常、その隙間に飛び込んできた数枚は褪せた日常に色彩を運んだ。 『お元気ですか?』例えそれがテンプレートのような書き出し1つだとし

          『元気です。』

          承認欲求

          価値が欲しい。ずっと、その為だけに生きている。その為だけの人生だとさえ、思っていた。 見上げた空に広がる桃色の花弁、4月の空。春を運ぶ今日の風はいつもより少しだけ冷たくて何を思うでもなく指先を摩った。始まりの季節と称される今の時期はどこもかしこも華やかで、夢や希望といった不確かな願いを抱えて歩いている人を見る。皺の少ない制服に着られた顔色の悪い学生が1人、バス停に佇むその姿は正しく春の象徴。 なんて美しく模範的なのか。故に私は嫉妬した。 自分の価値は分からないまま、相手の価値

          承認欲求

          それは、引き絞ったまま放たぬ弓のように

          詰めた息を吐くことは、固く結ばれた糸を解くように。固く緊張の続いた状態はたった一つの呼吸で緩和する。 言いたいことがあった。伝えたい言葉があった。 けれどそれらは、喉の奥に折り重なっては幾度どなく飲み込んできた。 まるで濾過するように、これが本当に適切な言葉なのか相手を傷つけはしないだろうかと考えては表現を変え、絞り出した。熱を失いながらも、努めて客観的であろうとしていた。主観的で自己中心的な言葉は誰かを傷つけるから危険だと、誰に言われるでもなく知っていたからだ。 「

          それは、引き絞ったまま放たぬ弓のように

          瞬間的テロリスト

          「お会計は3番レジでお願いします」 あの時どうしてあんな選択を選んだのだろう。 レジで会計をしていたとき、コーヒーフィルターを交換しているとき、不意に振り出した雨の、最初の一滴を受けたとき。日常のふとした瞬間に心を蝕むテロリスト、人はそれを後悔と呼んでいる。 「なぜ」「どうして」「もしも」 尋ねてみても答えないんて得られる筈もないのに、考えることを止めることが出来ない。今更藻掻いても結果なんて変わる筈もないのに、改善点を踏まえた反省を止めることが出来ない。それはひたす

          瞬間的テロリスト

          飛べない羊

          明日やろうが馬鹿野郎なら、明後日やろうは大馬鹿野郎だ。 今日も今日とて深夜に明かりは灯り、布団は出番を迎えない。いっつもそうだ、締め切りのギリギリになって行動を起こすこの体は、頭のてっぺんからつま先まで怠惰で満ちているに違いにない。間違いない。絶対そうだ。毎回「次は早くに手を付けよう」と反省する癖に、その反省が活きた経験は未だない。これは由々しき事態である。 「直そうと思っても、すぐに直すことが出来ない。そういう性能の悪さが人間”らしさ”ってものだと思うよ」 そうフォロ

          飛べない羊

          道徳5の奴

          「嫌いな人など居ないよ、皆大好きだもの」 その人はクラスでも比較的人気な様子だが、私は嫌いだ。 だって可笑しいじゃないか、皆んなに「好き」という割に、その人は個性もあって趣味も豊富だ。立体的で、凹凸のある性格をしているのが人間というもの。何処かで他者との食い違いが生まれるのが普通だ。好き嫌いと云うのは、そこから発生するものだろうに、好きだけが自然発生するなんて道理じゃない。 だから聞いてみた、嫌いが居ないなんて嘘だろうと。懐疑の眼差、冷めた態度、無愛想に問う私を見ても矢

          道徳5の奴

          コーヒーは苦い。

          今日はいつもより冷えるから久々にホットコーヒーを注文した。天井の明かりを反射するその黒は鏡のようで、つい覗き込んでしまう。情けない顔した自分が映った。ま、当たり前のことなのけれど。それがなんだか悔しかったので、冷ますふりして息を吹きかけた。 昔はコーヒーなんて飲めなかった、と言えば。うん、そりゃ大抵の人もそうだろう。好き好んで飲めてはいなかったという方が、そうだね、きっと正しい。背伸びしがちな子供だった自覚がある。出来ないと言われたら出来ると反発した。やめろと言われたらやっ

          コーヒーは苦い。

          劇場の鷹

          スッと刺した光の線が一つ、舞台に色彩を与えた。限定的に照らされたその光の導きに従い、視線を流した先には一人の青年。堂々とした視線をそのままに、観客からの視線をそのままに、ただ真っ直ぐ前を向く姿は手作り感のある背景を置き去りにした。白いシャツに膝丈のズボン、肩から下に伸びるサスペンダーとハンチング帽。まさに好青年と言った容姿から発せられた第一声は静まり返った劇場の空気を張り替えるに十分な魅力があった。 “彼女”と知り合ったのは中学の終わり頃だった。常に両手いっぱいに本を抱え、

          劇場の鷹

          蝉の、命を削った合唱が無意識の領域を侵す。思考がまとまらないのは、暑さのせいだけではない。赤いTシャツの下で右の脇腹から腰にかけて汗が伝う。じっとりと蒸し暑い己の体に風を送るべく右手で胸元の布をつかみ、ふいごの如く風を送った。 この時期はやはり暑い。 特に今日のような快晴は太陽が猛威を振るうので水分補給は欠かせない。私は自販機で飲み物を買う時、必ずおつりが出ないように買う。今回は150円の炭酸飲料を購入した。やはり炭酸飲料は冷たい状態で飲む方が美味しい、これに関して異論を唱

          聞いといて何だけど、その答えは雑じゃないかい

          「強さってなんだろう」 それは質問にしては曖昧で、独り言ほど軽い言いようではなかった。だから、私は反応に困った。こちらが嫉妬してしまうほどに整頓された思考回路を持つ君らしくない言葉だと思った。うつむき気味の首はそのままに、少しばかり目を見開く。案の定自分でも驚いている様子。思わず口から零れたといったような表情がたまらなく面白い。思考好きの君のことだ、どうせまた難しいことでも考えていたのだろう。二人の合間を縫うように抜けたのは、風と沈黙。どういった経緯で強さを吟味する必要に至

          聞いといて何だけど、その答えは雑じゃないかい

          今日も昨日の続きから始めよう

          今日もまた、憂鬱な朝を迎えた。 スリープモードのPCと半端に残ったコーヒー。就寝準備もままならないソレは、正しく寝落ちであった。一見タスクに追われた勤勉な学生に見えなくもない状況であるが、真相は違う。寧ろ、ここ最近睡眠量が格段に増えたのだ。 曰く、現実逃避。 タスクに喰われた怠惰な学生による一次的な脱却。今はその、続きであった。寝起きにしてはクリアな思考から、先の睡眠は浅かったらしい。起きて早々欠伸が止まない。あと首が痛い。 寝落ちの一番の欠点は、最悪のコンディションで

          今日も昨日の続きから始めよう