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飛び入りランナー

 会館の隅を勝手に借りて着替えた。徹夜仕事の疲れが残っているせいか、ボタンを外すのにも苦労した。向こうの方に黒いスーツの影が見え、徐々に人の気配が増してきた。少し無理をしている気もしたが、正式なビブスをつけると誇りが立ち上がり始めた。さあ行くぞ。会館を出ると駐車場に長距離バスが到着していた。中から旗を持った人々があふれ出てくる。皆マラソンを応援する人々だ。交差点を越え、園児たちの集団(ワゴンに乗って運ばれる子もいる)を抜けて、正ルートに飛び出した。

(今から僕はマラソン・ランナーだ)

 少し先を行くランナーの背中が見えた。まだ決定的に遅れてはいないようだ。200メートルほど走ったところで足下に違和感を覚えた。革靴の踵が少し余っていて、足に余分な負荷がかかる。短距離ならまだしもマラソンを完走するのは難しい。1キロほど走ったところで完全に心が折れた。準備不足を悔いながら、僕はコースを引き返した。高速ですれ違うランナーの目が一瞬光る。(まだやれたのでは)走っていると時々そんな気がする。
 けれども、問題は他にもあった。マラソンはスタート・ラインから参加するものだろう。今日は朝からすべてが間違っていた。
 対向車線からバスが近づいてきた。窓からマシンガンを突き出して、僕のビブスを狙うのが見えた。


#マラソン #夢 #小説 #ショートショート


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