6月の妖怪
「そろそろ降るよ」
(さあ、準備をなさい)
僕は傘の柄を握りしめ、傘のボタンに指をかけて構えた。(さあ、そろそろくるよ)少し緊張しながら、今か今かと警戒して歩いた。雨はなかなか降らなかった。そんなことが何度も繰り返された。
「そろそろ降るよ」
今でもあの声を耳元に思い出すことができる。(用意はいい?)僕は傘の柄を強く握りしめ、傘のボタンに指をかけて構えた。次の瞬間に降り出しても、少しも濡れることがないように。
「そろそろ」はいつだろう……。
ひと時も警戒を解くことができず、はらはらしながら歩いた。ずっと雨は降らなかった。僕は備えることを学び、期待を裏切られることに慣れた。
今思えば、あれは妖怪そろそろの仕業だったのかもしれない。
数年振りに6月にお墓を参った。
「鍛えてくれてありがとう」
雨はもう上がっていたけど、草木が濡れ、まだ雨の匂いが残っていた。ぽつぽつと街に明かりがついていくのが見える。次はいつ来られるかわからない。先の見えない世の中だから、色々と準備することがあった。
「そろそろ行くよ」
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