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【小小説】ナノノベル

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2022年11月の記事一覧

ワン・ウィーク、ワン・ドリブル

 ジレンマのブランコに乗ったまま僕はボールを運んでいる。ゴールしたい自分。ゴールを忘れるほど遠くへ行きたい自分。ずっといたい自分。(何も不自由はない。だけど満足しているわけではない。恐ろしいほどに心地よい瞬間がある。例えようもなく空っぽになる瞬間がある。ここではないと思える自分がいる内に、動き出さなければならないのではないか)離れなければならない自分。もっとゆっくりしたい自分。ゆっくりしてられない

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ミッドフィルダーの活躍

 手についていたはずの職は時代と共にかすれ、気づいた時には何もなかった。職場は予告もなく消滅し、貯金はあっという間に底をついた。こうなることがわかっていれば、もう少し何とかならなかったか。後悔している場合ではない。困り果てた私の目にネットの広告が飛び込んできた。

「あなたにもできる! 簡単な仕事です」

 もはや深く考える余裕はなかった。顔写真と電話番号を送信すると契約が終わり、翌日私は現場につ

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路上詩人

路上詩人

 僕は路上詩人。道行く人に向けていつも歌っている。すぐ目の前をいくつもの足音が通り過ぎる。みんな急ぐべき理由があるのだろう。約束の時間に間に合わすために、よそ見もせずに歩いて行く。開演の時間が迫っているのかもしれない。売り切れる前に手に入れたいパンがあるのかもしれない。宅配のピザが届くのかもしれない。彼らにとって僕の存在は無意味だ。誰に約束したわけでもないのに、僕はここにいる。誰が耳を傾けるという

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センター・サークル

 審判が高々と投げたコインを追って見上げた。ボールかピッチかその選択を大事とみるか、些細なこととみるかは人それぞれだろう。公正を期すためかあまりに高く投げたために、すぐには落ちてこない。芝よりも青い夜空に吸い込まれそうになる。この時間はただ待つだけの時間だろうか。何かを学ぶにはとても足りないように思える。だけど、学びは時を引き延ばしてもくれるはずだ。

 何をするにも僕は人よりもずっと時間がかかる

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名プロデューサー

名プロデューサー

 価値観の相違を突いて赤と黒はぶつかっていた。ゆるゆるとした論客たちに握られて緑は折れそうだった。現代詩の歪みに引かれて青は迷子になりかけていた。ミミズの散歩と揶揄されることも日常だった。

「1つになろうよ」

 右脳に現れたコンダクター。あなたは透明なケースを用いて分解寸前だったものを見事に束ねてみせた。それは単なる喧噪を未知の創作へと変えるほどの一撃だった。あなたを父と呼ぶことにしよう。

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霊能将棋(ウーバー杯)

霊能将棋(ウーバー杯)

 夏の終わりに女神は現れた。いつものように棋譜並べをしているといつの間にか彼女が盤の向こうに座っていたのだ。中盤の難所で最善手を求めて道を見失いかけていた時、すっと彼女の指が伸びて思わぬ駒を前に進めた。それは棋譜には現れない妙手と言えた。一手の意味をたずねると彼女はゆっくりと棋理の深淵について語り始めた。

「私が見えますか? ついに覚醒しましたね」

 ほとんどの時間、彼女はただ座っているだけだ

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会食泥棒(トーク&イート)

会食泥棒(トーク&イート)

 火が通るのを待っている人がいる。熱が引いて行くのを待っている人がいる。待つ方向は様々ではないか。ヌーの群が道を空けてくれる時、サンタクロースが背中から贈り物の入った袋を下ろす時、竜王がひねり出した指し手が盤上に現れる時……。待ちわびた先には、一瞬の光が見える。
 待つ間にも歳を取る。
 どうして人は、待つのだろうか。

「まだかしらね」
 待つ間にも食事は始まっている。
「ファスト・フードじゃな

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