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路傍小話

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路傍工芸の妄想を文字にしたものを公開します。
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2015年6月の記事一覧

目はクリクリと大きく頬は朱で(その35)

 大佐は今日も部下の目を盗み、服の中に萌星を隠し持ってトイレに入る。
「なんてこった・・・度し難い。」
 萌星をパラパラめくり、「ぶらばん!」の挿絵をながめ、劣情を催したところでズボンを降ろし、自らを慰める。

 日本人の描くこんな子供だましのイラストがこれほど男の欲をかき立てるとは想像だにしなかった。
 怒りすら覚える。ジャップめ!
 若い兵士向けのグラビアに載る扇情的なモデルの写真などよりも、

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その34)

 日本からの便りは俘虜達に様々な悲喜劇をもたらした。
 今次の戦争では何百万もの軍民に犠牲がでたため、宛先がまるごと消滅した俘虜もままあり、そうでなくとも誰が死んだ彼が死んだという報せには事欠かなかった。
 
 柿揚はそのなかでも奇跡的に家族に大きな不幸がなかったのだが、友人達は運がなかった。
 橘やその他の俘虜達からもたらされた柿揚の学友達の最期は哀れであった。
 
 いつも柿揚に話の腰を折られ

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その33)

 11月、ついに萌星の最終号が発行された日、日本からの郵便が届いた。
 野間中佐が手配した郵便で俘虜達が手紙を出したのが3ヶ月前である。
 この手紙は途中紆余曲折を経て、なんとか日本に届き、郵路を通り各宛先に向かった。
 そして日本からの手紙も紆余曲折、万里波頭を越えて、ここ、ダンガンロンパ俘虜収容所に届いたのだ。

 米軍のトラックが収容所の広場に乗り込んできて、係の兵隊が強化ボール紙で出来た箱

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その32)

 俘虜の増加はあちこちでいろいろな軋轢を生んだ。 
 本来もともと収容所にいる連中は先に手を挙げて降参したのだから、最後まで戦った連中の方が偉いとなりそうなものだったが、そうはならず、新客は収容所という特殊な環境下で様々な不利益を被った。

「新客」は「先客」から余剰食糧やタバコをもらうために、いろいろな経験談を売った。
 先客たる僚友を訪ね歩き、その僚友が脱落した以降の原隊の話を手みやげとしてあ

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その31)

 よくよく考えたら中隊長のことをそれほど知っているわけではない。
 当番兵になった期間、親しく喋る機会があったが、それだけといえばそれだけである。

 中隊長、齋藤大尉は京都郊外の豊かな農家の次男として産まれ、勉強ができたため、順調に進学して最後は大学の予科に進む。
 課程を修了し、甲種幹部候補生として将校になった中隊長は第二次上海事変で初陣を飾り、その後しばらく朝鮮軍で勤務したのちに関東軍へ配属

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その30)

「いよ、アカの坂田!」
 桑原上等兵のヤジが飛んだ。
 広場で集会をしている自由日本同盟のメンバーは目を剥いて桑原上等兵をにらんだ。
「おお怖ぇ、くわばら、くわばら」
 桑原上等兵は冗談めかして広場から立ち去る。

 帰国の日程が決まった頃から自由日本同盟はその勢力をますます伸ばし、坂田はその中心者として収容所内で活動していた。
 今後の日本の民主主義スタイルをおおいに論じあうのだが、柿揚のみると

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その29)

 日本の敗戦を機に俘虜達の意識が何か変わったかというと、別にそれほど変わらなかった。気抜けした俘虜はあくまで俘虜であった。
 強いて言うならば白石言うところのまさに軽挙妄動がいくつかのグループで行われた程度である。

 玉音放送は聴けなかったが、その内容は米軍向けに英訳された物をさらに通訳達が和訳して、それを白石達が俘虜達に知らせた。
 それを受けて、一部の俘虜が米軍に対して決起するなどと集結して

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その28)

 ある日、夜中にサイレンが鳴りひびいた。
 消灯過ぎの出来事であったが、収容棟は大騒ぎになり、俘虜達は軍隊時代を思い出して急ぎ足で広場に集まった。
 なんだなんだと烏合の衆達が西の空を見ると、海の方でサーチライトがいくつも空を照らしつけていた。
 誰かが叫んだ。

「友軍の爆撃だ!」

 ここ何ヶ月であろうか、もう久しく友軍の飛来を警戒するサーチライトなど見ていなかった。だからこそ、今晩は日本軍が

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その27)

 戦争が日本の不利に進んでいることは収容所に時折舞い込む雑誌や公刊誌から察せられたが、新入りの俘虜の話をつなぎ合わせることでも確認できた。
 「新客」達によればフィリピンでの戦いは終わり、日本軍は陸海ともにレイテ周辺で大敗北を喫したようである。
 
 そういえば確かにここ数ヶ月は特に米空軍の戦闘機、爆撃機の飛行が頻繁であったように思われる。
 同胞を殺しに行くこれら兵器群を米軍給与でぬくぬくと暮ら

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その26)

 野間中佐と二人の米軍人が部屋にいる。
 一人は大佐で、一人は通訳の中尉
 フィリピンの暑い陽が窓から射す一室に扇風機が回る。
 野間中佐と大佐は英語で会話をしていた。
 通訳の中尉は話が込み入ったときのみ手助けをしている。

「ノマ君、日本俘虜は最近増加の一途をたどっている。ミンドロ島やレイテ本島の収容所のみならず、ここダンガンロンパにも陸続と俘虜がやってくるのだ。
 そろそろ我が方の準備も整っ

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その25)

「柿揚はおるかー!柿揚一等兵ーー!!」
 ある日、突如編集部に怒鳴り込んでくる俘虜がいた。

 日中は誰もまともに着ない米軍支給の「PW」と印刷された制服をきちんと着こなし、点呼時以外は誰も使わない軍隊様の号令調、これは将校俘虜だと柿揚は察した。
「はい、柿揚一等兵!」
 米軍が支配する収容所ではあるが、日本軍隊での調子で柿揚は応答した。

「「萌星」とやらを作っているのは貴様かー!」
 将校はず

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その24)

「あきまへんな、それは。」
 金子編集長がにべもなく言う。
「どうしてですか、やはり日本軍の兵器が出てくるからですか。」
「まあ、そこが一番の問題ですわな。米軍をこれでもかてやっつけますしな・・・まったくの論外ですわ。」
「なんとかなりませんか。」
「そやな・・・」

 このやりとりはいつもの儀式である。
 内地で本物の編集業をしていた金子はお上の検閲をくぐりぬけるあらゆる技を持っていたため、柿揚

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その23)

「萌星」編集には内地とは違った苦労があった。
 当然と言えば当然であるが、米軍を敵視するような内容は駄目で、日本軍隊を称揚するような内容もむろん駄目である。
 過度な政治的主張も米側に目をつけられたら即廃刊となる。
 その他列挙すればきりがないが、俘虜の立場で公刊誌を作成するあらゆる労苦が編集部にのしかかった。
 その労苦を金子編集長はよく引き受けた。

 当初収容所に声をかけて詩歌、俳句、絵画な

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目はクリクリと大きく頬は朱で(その22)

「パシモン・・・いや柿揚さん、お会いできて光栄です。」
「こちらこそ。」

 編集部会議の帰りに柿揚は視線の持ち主に呼び止められた。
 萌星の読者であるこの男は神々廻(ししば)と名乗っていたが、あっさりこれは偽名だと教えてくれた。
 俘虜となったことが万一でも町内に知れたらどうなるかわかったものではないため、偽名を名乗ったとのことだ。
 しかしこの神々廻という響きが萌星的で気に入ったため、案外自然

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