目はクリクリと大きく頬は朱で(その24)
「あきまへんな、それは。」
金子編集長がにべもなく言う。
「どうしてですか、やはり日本軍の兵器が出てくるからですか。」
「まあ、そこが一番の問題ですわな。米軍をこれでもかてやっつけますしな・・・まったくの論外ですわ。」
「なんとかなりませんか。」
「そやな・・・」
このやりとりはいつもの儀式である。
内地で本物の編集業をしていた金子はお上の検閲をくぐりぬけるあらゆる技を持っていたため、柿揚達のものに限らず、他の作品全般で米軍が目をつけそうな表現全てに目を光らせて指導を行っていた。
「ほなこうしまへんか。
まず舞台が現代、それも銃後の日本ちゅうのがよろしゅない。
これを一気に未来にしたらどやろか。
架空の話やで、ちゅう言い訳がより強くなりますわな。」
東海林がそこに噛みついた。
「しかし、それでは未来の世界の戦車でなければなりません。
どのくらい未来の話にするのかわかりませんが、そんな未来の架空の戦車では読者の理解を得られないと思うのですが。」
金子編集長答えて曰く
「古物趣味ありまっしゃろ。
未来人が現代の兵器を古物趣味で使うっちゅうのはどないでしょか。
そう、例えば70年くらい先の未来の話としますやろ、だいたいどんぶり勘定きりのええとこで昭和90年ちゅうとこですかな、その時代の女学生さん達が今の時代の戦車を古物趣味で乗り回すんですわ。」
「SF風味が加わった!」
神々廻が身を乗り出した。
「あと、女学生さんが戦車乗り回して茨城は大洗で上陸米軍をやっつけるいうのもやめまひょか。縁起もわるい。」
「敵をどうします。」
「スポーツにしたらどないでしょ。銃剣道みたいなやつですわ。」
柿揚が両手を叩いて頷いた。
「なるほど!それはいい。そうだ、古物の戦車を乗り回す部活動と言うことにしてはどうでしょうか。」
「女学生、つまり学生であるから課外の部活動ということなら自然だ。
いや、本来的には全然自然ではないけども、これは未来の話ですから、こういった架空の話も取り入れやすい。
我々の原案では人がたくさん死ぬが、スポーツなら怪我はともかく人は死なない。人道的だ。」
東海林が納得した。
「敵はどうします。」
「アメリカさんばかり敵になってはもちろん穏当をかきまっさかい、これは全世界の戦車にでてもらいまひょか。」
「世界中!」
「ドイツもソ連もイギリスも全部ですか。」
「わいはどの国がどないな戦車を持っとるかようしらへんさかい、そのへんはまかせるけども、政治的な主張はくれぐれも抜く方向でな。」
ここで神々廻が頭を抱える。
「すいません、スポーツということですが、戦車の実弾を使うとどの距離でどう命中しても乗員が少なくとも怪我をしてしまいます。」
「あ、そうだ。しかし例えば距離があればいいんじゃないですか。」
「装甲が弾いたとしても、内部に衝撃は伝わって、場合によってはそれだけで乗員が死ぬこともあるんです。ましてか弱い少女であればなおさら。
いくらお話とはいえ、年端もいかない少女がやたらと死ぬというのはいただけないと思います。」
「ゴム鞠とばせばよろしかろ。」
金子編集長が入れ知恵した。
「なるほど。」
「いや、駄目です。いかにゴム鞠といえども、戦車戦を考慮した場合の照準と距離を考えますと、その飛距離を可能とする薬量で飛ばしたゴム鞠が人に当たるとおそらく死にます。」
「ほな豆腐を飛ばせばよろしかろ。」
「なるほど、しかし食べ物を粗末には・・・」
「頭の固いお人やなあ、みなさんは。70年後の日本人が豆腐みたいな材質のゴム鞠作った、でええやないですか。」
「なるほど!」
さっきから柿揚はなるほどしか発言していない。
「しかし・・・頭の固いことを言うようですが、豆腐のような材質のものでは砲身から撃ちだした瞬間に粉々になるのではないでしょうか。」
神々廻が疑問を呈する。
これには意外にも東海林が回答した。
「その、あくまで理論の話ですよ。
あと、これは私が個人的に想像しているだけの話と考えてください。
くれぐれも、これは私個人の単なる思いつきですよ。」
「どうしたんです、なにか名案でも?」
「比較的柔らかい弾頭の中に豆腐を詰めるんです。
その弾頭の内部には衝撃を和らげる緩衝材を詰めます。
そして撃ちだした直後にその弾頭は空中で分解して、中身が丸ごと残った豆腐だけが飛んでいく、というのはどうでしょうか。」
「それや、そういう技術が70年後の日本に、ちゅうか世界に当たり前にあるっちゅうことにすればいけますわな。
固い頭でやわらかなことをいいますな、東海林はん。」
「あくまで、これは私個人の発想ですよ、そこはくれぐれもお願いしますよ。あと、この設定はその、作中はどうしてもボカして入れてください。」
「東海林さん、大丈夫ですよ。俘虜は単に「未来の技術で豆腐のようなゴム鞠を飛ばすことが可能になった。」という一文だけで納得します。
もちろん深い設定はあるに越したことはないですが、そのへんは無理に作中出さなければ良いだけです。」
「そうですか、ありがとうございます。」
こうして「少女機甲倶楽部」の原案は決定した。
そしてその粗筋はこうだ。
昭和90年(今上陛下のご長寿を願う意味も兼ねている。)の世界では古物の戦車で戦技を競うスポーツ「機甲道」があり、戦車はもちろん高価な物なのでこれは日本では例えば華族の令嬢であるとか、そういう育ちの良い良家の子女のたしなみとして定着している。
西住伯爵の長女ミヨは廃されようとしていた私立富士女学院の機甲部をしょって立ち、日本の強豪に連戦連勝を重ねて同学の名を天下に知らしめる。
5年に一度開かれる機甲五輪が日本で開催されることになり、ミヨ率いる富士女学院機甲部は見事選抜され、世界の強豪と渡り合うことになる。
この作品は初回は俘虜達の発想を大きく超えていたためか評判がよくなかったが、回を重ねるに連れて熱烈なファンがつくようになった。
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