目はクリクリと大きく頬は朱で(その25)

「柿揚はおるかー!柿揚一等兵ーー!!」
 ある日、突如編集部に怒鳴り込んでくる俘虜がいた。

 日中は誰もまともに着ない米軍支給の「PW」と印刷された制服をきちんと着こなし、点呼時以外は誰も使わない軍隊様の号令調、これは将校俘虜だと柿揚は察した。
「はい、柿揚一等兵!」
 米軍が支配する収容所ではあるが、日本軍隊での調子で柿揚は応答した。

「「萌星」とやらを作っているのは貴様かー!」
 将校はずい、と柿揚の作業場に歩を詰めながら問うてきた。
「いえ!これを作っているのは金子編集長で・・・」
「面白ーーい!」
 ニカッと笑ったその将校、どこかで見た顔である。
 そげ落ちた頬とフィリピンの過酷な気候が刻んだ皺、しかしよくよく復元すると、その顔は
「橘!橘・・・中尉?でありますか!」
「柿揚ェー!久しぶりだ。」
 学友の橘がそこにいた。
 学生時代、喫茶店で、いずれは南方に将校となって赴くつもりだと宣言し、本当に卒業後軍隊に入った橘だった。
 場が一瞬学生時代の教室、喫茶店に戻ったようだった。
 
「柿揚、まさかこんなところで会うとはなあ。」
 編集部員のどよめきをよそに、橘の口調は将校から学友のそれになっていた。
「橘、お前も俘虜になっていたのか。」
「砲兵をやっていたんだが、持ってた砲戦車も米軍の戦闘機にやられちまってなあ。商売あがったりだ。部下も半分は死んじまって、いよいよ首をくくるか部下と斬り込みかってところで降参だよ。」
「お前が降参するとは思わなかったよ。」
「全員マラリヤやアミーバ赤痢にかかって火炎樹の下でへたばっていたところに米軍の兵隊がやってきてな。なにもできやしない。
 斬り込みだなんて威勢の良い妄想で、地面にねっころがって衰弱するだけ。死ぬのを待つだけだった。
 米軍の兵隊と目があって、気がついたら両手を挙げていた。
 弱り切ってたからちゃんと挙がっていたかもあやしいがな。
 情けない限りだ。まあ、おかげでこうやってその時の部下ともども今はこのとおりだ。」
「情けないのは仕方ないが、生きているからよしとしようぜ。」
「まったくだ。で、本題なんだが。」
「なんだ。」

「追悼の歌を掲載して欲しいんだ。」
「追悼?」

「山を彷徨う中、合流した空挺の軍曹に当麻(たいま)ってのがいてな、こいつがまた良いヤツだった。」
「死んだのか。」
「死んだ。あだ名はフンワリ当麻。相模の産で30歳。
 米軍の追撃から逃れる際に殿を買って出た。
 あの時米軍とやりあっていたら俺以下10名は全員死んでいた。」
「へえ、そいつぁまさに軍神だ。修身の教科書に載ってるような軍曹だな。
 しかし、なんだいそのフンワリ当麻ってあだ名は。」

「グライダーで降下するとき必ず機長席に「フウンワリ着地してくださいよ!機長サン、フウンワリですよ!」と注文するってことで、空挺仲間から
つけられていたあだ名だ。
 最期は米さんに一泡ふかせてやろうって、空挺の4名ぽっちで俺たちを逃すために殿をだな・・・」
 ここで橘は涙ぐんだ。

「中尉さん、そらあきまへんで。もうしわけないですが。」
 金子編集長が割って入ってきた。
「大尉だ。いや、階級なんかもうどうでもいいが、まあ、違う階級で呼ばれても据わりが悪いから大尉でお願いする。」
「失礼、大尉さん、フンワリはんの歌を掲載したいのはわかりまっけど、米さんに目ぇつけられまっから、ちょっとですな。」
「いかんか。」
「そのまんまじゃだめでんなぁ・・・」

「やりましょう!」
 神々廻が立ち上がった。
「軍神っていうのをわからなくして、でも見る人が見ればわかる歌にして掲載しましょう。我々ならできる、できます!」
「それやな。」
「できるのか。」
「橘、お望みの通りとはいかんが、うまく料理してなんとか掲載しよう。」
「お願いする。この通りだ。」
 橘大尉は編集部の下士官兵に深々と頭を下げた。

「頭をお上げ下さい、大尉はん、こちらも据わりがわるぅなりまっさけ。」
 金子編集長に言われて橘は頭を上げる。
「もう俘虜になったことだし、お願いごとをするのに立場は関係なかろうと思ったが、物事にはさじ加減があったかな。
 気を遣わせて申し訳ない。」

「大尉殿、お任せ下さい。必ずフンワリ当麻さんとその部下達の歌を作って掲載してさしあげますよ。」
 神々廻が胸を張って応える。
「では頼んだ!将校棟にはなかなか萌星はこないが、楽しみにしている。」
 橘はさじ加減を忘れて出口でまた深々と頭を下げて出て行った。

 それから3号を経て「ふんわり当麻」の歌は萌星に掲載された。
 神々廻が能力の全てを投入して「ふんわり当麻」を作ったのだ。

 滅私義烈の人、その勇気、兵士の心意気を盛り込んだ忠勇の歌を乙女が書いた照れるような恥ずかしい詩に偽装し、最近掲載を始めた柿揚の「ぶらばん!」作中の主人公の仲間「夏山ミイ」の作詞という形で発表したのだ。

「どうせおっさんが作ってるんだろうに、こんな恥ずかしい詩をよく考えつきやがるぜ、なぁ。」
 将校棟に廻ってきた萌星を読みつつ苦笑いする僚友。
 話しかけられた橘大尉は、ただ「ああ。」とだけ応えてそっぽを向いた。
 涙を見られたくなかったのだ。

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