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5.彫りが深くてかっこいい家/ロバート・ハリス、家を建てる。

 新型コロナウイルスの蔓延によって緊急事態宣言が発令されてからは静寂が街に舞い降りた。横浜や東京の繁華街からは人の姿が消え、学校は閉鎖され(娘の大学も授業は全てオンラインに切り替えられた)、ぼくたち一家も家にいることが多くなった。でも、そんな中でも我々の家作りの計画は粛々と進められていった。

候補に残ったハウスメーカーや建築事務所とはZoomなどでやり取りを続け、前述した中川の住宅展示場「ハウスクエア」ではオンラインでのモデルハウス見学が可能なので、新しく候補となったハウスメーカーのモデルハウスの細部をパソコンで見て回ったりした。

 結局、今年(2020年)の5月の初めごろには残った候補は2社。ハウスクエアのコンシェルジュに推薦されたハウスメーカーA社と、そして3月に妻の提案で訪ねていったB社という、全国に展開する建築家、デザイナー集団。そう、皮肉なことに、家を建て替えようと思いついてからコンタクトした9社のうち、最終的に残ったのは一番最近になって声をかけた2社だった。

 一緒に家を作る相手、家作りのパートナーを選ぶ上で一番重要なのは、やはり、人間関係である。建築家、あるいはハウスメーカーの営業担当の人間と、どれだけ上手くコミュニケーションが取れるか。相手はちゃんと本音で我々と向き合ってくれるか。無理難題を投げかけても、笑顔で対応してくれるか。コツコツと細かいディテイルまで一緒に考えてくれるか。軽い冗談を言い合って一緒に笑えるか。つまり、しっかりと仕事ができて、その上、ウマが合うかどうか、ということだが、A社の営業担当も建築家も、B社の営業担当も建築家も、ぼくたちの思いをしっかりと理解し、柔軟にアイディアを出し合うことができる、理想的なパートナーだった。

両社の人間に共通して言えることは、どちらも決してアグレッシブでも押し付けがましくもないが、それでいてうちの家作りプロジェクトに心から関わりたいという強い熱意を持っていたことだ。うちは運よく、敷地も広いし、丘の上の住宅地にあって立地条件も良い。周りにはうちを見下ろす家も、陽光を遮る建物もない。2階からは横浜のみなとみらいの一角が見えるし、天気の良い日には富士山も見える。そのような理想的な場所でぜひ一緒に良い家を建てたい. . . これは会社にとっても、個人的にも、心からチャレンジしたいプロジェクトだ. . . そんな思いが両社からひしひしと伝わってきた。

両社がプレゼンしてくれた間取りは似ているところもあったし、そうでないところもあったが、両方ともぼくたちの希望や要望にしっかりと答えていて、魅力的なものだった。一社はハウスメーカー、もう一社は建築家の集団で、工法は在来と2×6と異なっていたが、両社とも耐震や耐火、断熱や換気、メンテナンスやランニング・コストの面などでは満足のいくクオリティ、内容のものだった。そして、これは何よりも重要なことだが、解体から建築、内装、外構と家造りの全ての行程において、両社とも今までにないリーズナブルな価格を提示してくれた。

そんな中、2社の間で大きく異なっていたのは外観だった。「どんな家がいいですか」と聞かれるたびに、ぼくたちは「彫りが深くてかっこいい家」と、曖昧で荒唐無稽な希望を口にしていたのだが、両社とも、スタイルは全く異なっているものの、それぞれ「彫りが深くてかっこいい家」をデザインしてくれた。A社は総タイルのクラシックな佇まいの洋館を。B社はデザイナー集団だけあって、びっくりするぐらい斬新で個性的な家を。

ぼくも妻も、双方のデザインを見て、「これは困ったな」と思った。お互い、両方とも、全く違う理由でではあるけれど、気に入ってしまったからだ。2つも気に入ったデザインをプレゼンされるなんて、嬉しい悩みだが、悩みであることに変わりはない。「お金と土地が倍あって、2軒とも建てられたらいいのにね」と妻は言って笑った。

決断の時が迫っていた。両社とも、間取りも、デザインも、価格も、建設プランも、全て提出してくれたのだ。あとは、我々がどちらと契約を結ぶか、決めるだけだ。それも、なるべく早く、遅くても一ヶ月以内に。

これが今年(2020年)の5月の初め、緊急事態宣言の真っ只中のこと。ぼくと妻は両方のデザインを携帯に収め、どっちが好きか友達に聞いて回った。「ロバートにはやっぱりこの革新的なやつの方が似合っているよ」と言う友人もいたし、「ハリスさんにはこのクラシックな感じの方がいいと思います」という人もいた。割合からすると、3対1でA社のデザインに投票する者が優っていた。でも、彼らになんと言われようと、ぼくも妻も、両方とも同じぐらい好きだということに変わりはなかった。

車に乗って、色々な家を見に行った。B社のデザイナー集団はモデルハウスを展開していないので、彼らが建てた家を見て周り、遠いところでは鎌倉までドライブした。その中でも特に我々の目を引いたのは戸塚にあった二世帯住宅だった。ここは玄関への入り口が中庭にあり、その中庭がまるで秘密の花園への入口のように魅惑的に見えた。

横浜の山手や本牧の住宅地などへもドライブした。そこで気が付いたのは、古くからある横浜の瀟洒な住宅地には、A社のデザインに似た、総タイルのクラシックな作りの洋館が多いということだった。すっかり忘れていたが、山手のインターナショナル・スクールに通っていたぼくは、このような家を毎日見ながら過ごしてきたのだ。

決断を下す数日前に、デザイナー集団B社から、妻のパソコンに素晴らしい動画が送られてきた。カメラのPOVで道路から彼らがデザインした我が家の玄関と庭を通って家の中に入り、部屋を一つひとつ見て回るというものだが、動画には雲の動きで部屋の中の影が流れていくところから、夕方から夜になり、ライトアップされた家の全貌が映し出されていく映像まで盛り込まれていた。そして最後に、営業担当の青年と3人のデザイナーがカメラの前に立ち、是非一緒に素敵な家を建てたいという思いを伝えてくれていた。これには妻もぼくも心を動かされた。家を建て替えようと決めてから過ごした8ヶ月の中で、一番感動した瞬間だった。

でも、考えに考えた末、ぼくたちは最終的に、ハウスメーカーA社と契約を結ぶことに決めた。理由は色々ある。娘の意向が一つ。彼女は総タイルのデザインが初めから気に入っていた。一つは営業担当の男性とも、建築家の女性とも、とってもいい感じにウマが合ったから。一つは、B社のデザイナー集団による革新的なデザインはもしかしたら10年後、20年後には飽きてしまう可能性があるのに対し、A社のどっしりとしたクラシックなスタイルはずっと好きでいられるような気がしたから。一つは、色々とドライブした結果、彼らのデザインした家が街にしっくりと溶け込み、横浜という場所の伝統や文化といったものを継承しているように思えたから。最後に、メンテナンスにおいても、耐久性においても、総タイルの家は優れていると思ったからである。

5月31日の午後、中川のハウスクエア横浜にあるモデルハウス内でA社と契約を結んだ。緊急事態宣言が解除される前日のことだった。


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