083「コガネムシ」

 保育園の屋根を、コガネムシがのぼってゆく。園児らは、瞳のように、せわしなくうごく。滑り台の頂上に、春にしか咲かない花が分解され、捨てられている。空き缶と、トカゲと、白い画用紙は、思いがけない日差しをあびて、ひとつ、またひとつと、よみがえる。


 世紀末の空港に、木の根が、入りこんでゆく。小さく、漢字のように見える場所が、いくつかあるが、木の根は、漢字を作ろうとしているわけではない。明朝の朝礼。社訓を暗唱しつづける壮年の男の群れは、みな左手に、板麹のような受話器をにぎっている。彼らはやがて、足の生えた葱となり、首をひねり、昼の日食のことも忘れて、順々に、麹へもぐってゆく。

 鉄工所に、砂糖の香りが広がっている。男たちは俯いたまま、ちいさな鈴を握りしめる。緑色の車が、横転している。逆さまの窓から、小学校の教頭の、ねじれた首が見えている。ひとりの少女が、ショートケーキが乗った皿を両手に持って、男たちを眺めている。苺を指でつかんで、少しずつ、前歯でかじってゆく。

 赤い髪の保育士が、保育園から追いだされる。彼女は指の数を数え、一式の書類をまとめて、そそくさと、定期船にのる。桃色の汽笛。弟のことを考えながら、明日から、新しいサラダボウルの中に入るのだと、鳳仙花のようにかなしく指を鳴らす。客室の出窓から、火山島を眺める。茶をたてるような音を口からもらしながら、箸と、手の隙間にある物語を、こんこんとつぶやいている。


 それは、変形しながら、青いノートの片隅に残される。真夜中は、ブナの森のように、ゆっくりと遠ざかる。

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