036「孔雀」

 飾り羽の、つらつらとひろがりゆく、純白ばかりの、一匹の孔雀を、わたしの乏しい友人たちは、全員、飼育している。無論、わたしも、白さのくすんだ、みすぼらしい一匹を、飼育している。


 孔雀が、純白であるがゆえに、友人たちは、その身を呈して、孔雀をまもることを、絶対の規律としている。模様のない孔雀は、じつは、きわめてありふれていて、どこにでも、生息している。だから、彼らの孔雀は、ごく、安価に、叩き売られている。


 孔雀とは、おおきなものを想像するかもしれない。だが、わたしたちが飼育する白い孔雀は、掌ほどの、ちいさな種である。友人たちは、毎日、黒い餌をあたえ、孔雀の羽を洗い、ともに、寝床へもぐりこんでゆく。そうして、孔雀はますます、純白ばかりの羽をかがやかせるばかりだ。孔雀は、ときおり、私たちに、つらつらと、語りきかせる。彼らの暮らしていた、暑い森林の川辺のこと。落ち葉の陰の、虫たちの味のこと。木々が地面から吸いあげる水が、樹皮の奥底を流れる音のことを。


 あるとき、友人のひとりが、肝硬変を起こして死んだ。友人は、孔雀を、わたしたちに譲ろうとしたが、だれも、ひきとる者はいなかった。誰もが、自分の孔雀を愛しているために、他の孔雀は、ただの、白紙にすぎなかったのだ。誰もが、自分の白紙を愛し、他の白紙を、軽蔑しているのだ。


 街の人々は、誰も、わたしたちが孔雀を飼っていることを信じない。彼らはわたしたちの孔雀を指さして、同じことを言うだろう。それは、孔雀ではなく、ただの、なにも書かれていない、一冊の日記帳だと。


 無論、わたしたちが飼育しているのは、道具ではない。純白の、うつくしい孔雀だ。色で塗りつぶされた、どのような孔雀たちよりも、純白の孔雀は、その純白であるがゆえに、一切を受容する、濃密な虚無であるばかりだ。

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