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088「塩の瓶」

 寝て起きると、いつも、掛布団が左によっている。そしてときどき、めくれあがった布団の下に、塩がちらばっている朝がある。日によっては、量も多く、ちくちくする結晶が、背中にまで、いくらかはりついていたりする。ぼくは、それを、小さな箒ではきあつめ、小さな酒瓶につめて保存している。色とりどりの塩が堆積し、瓶は、色彩にあふれている。


 話すほどでもないことばかりが重なって、午後は、死のように、怠惰である。祖父が植えた椿のうえに、ぼくの拾った歯車ばかり、並んでいる。六年九ヶ月後、椿に落ちた雷は、一人の写真家によって撮影され、粗末な図鑑に掲載される。ぼくは、そのことを、自分のことのように、知らずにいる。

 くらい山があった。その向こう側には、おなじく、くらい山があった。ほそい煙が、祖母の葬儀の終りを、絶え間なく告げつづける。七年分の塩が、瓶に積もり、いっぱいになった瓶を、椿のあったあたりに、埋めてみるときですらも。


 道路の角に、カタバミが咲いている。足元には、蛙がいるようにも見える。あらゆる果物を、月に見たてる儀式が、やがて、おこなわれる。苺のような香りが、家の中まで、入りこんでくる。材木屋の娘が、先頭となって、路上を行進する月の集団は、朗々と響く経とともに行進をつづけ、目を赤く腫らす夜明けのころ、干上がった川の、ほとりに立ちつくす。その、衛星のような行列は、ほとんど、永遠にちかい距離をなしている。

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