089「ニヒル・パフェ」

 チョコレート・パフェの頂上から、さらに高く盛られたホイップ・クリームに指をしずめる。まわりに誰もいないとき、わたしは手で物を食べる。一族の風習や、伝統や、食器との確執があるわけではない。舌だけでなく、指でも味を堪能したい、というだけのことだ。舌先で感じるような甘みや苦味とは、まったく別の、唾液を放出させる、痛みや支配、安堵、興奮にも似た、激しい味覚を察知する機能が指にはある。

 クリームをすくった指ごと口にはこぶ。おもっていたよりも甘くない。ケーキにも使われるようなクリームとおなじで、チョコレートソースの風味を消していない。窓のそとから、弾けるような音がひびき、青い電灯に触れた蛾が死んでゆく。パフェグラスのふちにさしこんであるバナナを齧る。舌は甘く、指先はつめたく粘ついている。

 深夜の台所で、チョコレート・パフェは、ますます暗黒にしずみ、1杯の洋酒は、ますます、月の形をした滴に、その身を、引き裂かれてゆくばかりだ。手のひらを流れる月の滴が、指先にころがってゆくのを、崖のようなホイップ・クリームが、理性のように堰きとめて、鼻に抜ける香りは、ますます、豊潤になってゆくばかりだ。

 パフェグラスの奥まで指を突っこんだまま、わたしは、携帯ラジオから聞こえてくる流行歌を聴いている。ふいに蛇口から、水の塊がこぼれ落ちる。陸橋のような音をたてて、せまい台所へ色彩を散布する。指先で感じる苦い味は、ほとんど、官能である。洋酒のグラスのなかで、氷が転ぶ音がする。わたしは、通信できるものをラジオしか持っていない。これによって、かろうじて、情報を得て、人類の滅亡を願いつづけることができる。

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