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093「かたなと姉」

 片栗粉をまぶされた姉は、口のまわりの粉をはらってあくびをする。彫刻家ばかりの家で、姉だけは、彫刻刀を持たない。矢が好きで、弓のことはよく知らない。電灯を見かけた昼に、砂のような姉は、あらゆる人の靴によりそっているのだ。フライパンの上に、一匹の海老がいる。これから料理されるのか、ただ単に、そこに置かれているだけなのか。料理されれば、よいのにとおもう。だが、わたしがそれを決めても、仕方のないことなのだろう。彼の、銃身のような足が、フライパンの外まで突きだされている。


 死霊のような鈴の音。一台の車の影から、刃のようなものが突き出されている。曲がり角の目印か、熊のような男が、ふいに、ほとんど刃にぶつかりそうになりながらも、器用に上半身をねじり、避けていく。死霊のような鈴の音。階段の上を見上げると、姉が、笑って、わたしを待っていたことを思い出す。岬のような鼻をした少年が、電線のうえを歩いている。少年とともに、いくつかの、煙突を見ることができる。


 駄菓子屋の店番をするJという男は、そうして、姉の写真を口にくわえながら、口を開かずに、電話をしてみせる。骨のない人差し指をひきずり、板チョコレートを折って、わたしに差し出してくれる。昔は、ピアノもよく弾けたという。駅の改札口から、無数の鮫があらわれる。べそをかいたような顔をして、秋の歌が歌われる。それは、ひとつの浄瑠璃である。あらゆる女は、そこに存在してはならない。Jは、そんな日になるとは、つゆほども思わないまま、駅の前で傘をさし、乾きながら横たわる。誰もが、Jを、死んでいるとおもう。または、殺されているとおもう。そうして、彼の横に、一本の向日葵の植木鉢が置かれるのだ。わたしは、その時をみたことがない。赤い骨とともにある、最後の朝を。

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