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099「洗濯機のなかで」

 青い闇に満ちた洗濯機のなかで、馬術にあこがれる幼い少年が殺される。すべてが静止する11月の某日に、少年は、ねじれたまま、月のように、ふくれあがってゆく。くりかえし青い夢をみる。少年は、盲目のまま生まれ、海の香りだけを知っている。


 母たちが、猿のように笑っている。不具の子を洗濯機に押しこむ様子が、母たちに中継されている。乳房から一滴の母乳がこぼれ、少年の家の庭に、蛇苺に似た植物が生いしげりはじめている。


 叩きこわされた高層ビルに、熱水噴出孔が接続され、巨大な上昇気流をうみだし、灰色の都市にビルの破片がふりそそぐ。凍りついた目覚まし時計が、冷凍庫から発見される。壊れているように見えたが、まもなく、命をあたえられたように動きはじめ、嫌悪した母は、集積所に時計を投げ棄てる。母は常に、完璧をもとめ、完璧でないものを、蠅のように排除する。それは、滑稽な狂信である。惑星の形すら認めようとせずに。まるで、息子の内臓を、名も知らぬ誰かに、売りわたそうとするかのように。粉々になった時計が、掃きあつめられ、雪がふりはじめる。母たちは、また、中継をつなぎ、猿のように手をたたき、笑っている。


 家々の塀が意味をなさなくなり、背広を着たひとりの男が、母を、自動車で轢き殺す。男は、謝罪し、処刑される。あらゆる母は、すでに、一つの巨大な集合体となり、星にはりめぐらせた菌糸によって、星のかたちを変えてゆく。


 赤い客船が沈んでゆく。多くの子らをのせたまま。死んだことを、誰もが、認めないままでいる。ピラミッドの周りをあるく少年が、母に、馬術を習いたいと言う。母は、ほほえみながら、泣きながら、息子が、その生涯で一度も馬に乗ることができないことを知っている。

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