077「薬莢」

 軍事基地をめぐる観光バスが、にぎやかに走ってゆく。わたしも、退屈にまかせて、参加している。帰りがけに、実際に使用されている薬莢を、もらうことができるという。わたしはそれよりも、噂の海軍料理を食べたくて、毛糸の帽子をかぶるのも忘れて、バスに飛びのったのだ。となりの座席には制服を着た女学生が座っていて、彼女の座席の下には、十セント硬貨が二枚、ころがっている。太平洋を、一匹の蜘蛛が飛んでゆく。


 除雪車が通りかかり、ハンバーガー屋のドアを、雪でふさいでしまう。しかし、頻繁に、そういったことがあるらしく、すぐさま、店員がやってきて、雪をどけている。それでもしばらくは、片づきそうにない。となりの女学生は青年漫画を読んでいる。膝にのせられたリュックサックから、電子メトロノームの垂水のような音がかすかに聞こえている。バスの運転は荒っぽく、わたしは、車に酔うのを、必死にこらえている。まわりには、誰もいない。友人の描いた赤い絵をもらって、模写すると、赤い絵は、二枚になり、友人はそれを見て、静かに激昂していたように思う。絵は、いつまでもならんで、寝室の壁にかけられている。車酔いは、こらえるほど、灼けて、皮膚病のように、顔から体へ、ひろがってゆく。
 駅も星も消えている。薬莢ではない。


 蜘蛛は、都市の上空を通りかかる。八つの目に、銅貨と、公衆便所がとらえられる。排泄されてゆくわたしたちの昼食。女学生があくびをする。添乗員にくってかかる、うるさい老婆が空からでも見える。観光ツアーは、有料道路の上から、わずかに、海上自衛隊の管轄下にあるという倉庫を見せられ、休憩所で、錆びた薬莢の入った包みを配られるだけで終わった。蜘蛛は、母の顔を知らない。知らなくてよいのだ。そして、たとえば、何本かの細枝が、彼らの面影を残しているのだ。夕食に立ちよった休憩所には、海軍の料理はなにもなかったが、そこで出されたヒレカツ定食は、案外、悪くなかった。


 配られた薬莢が、実際には使われない、土産用のものだとしても、わたしは知らない。かといって、その薬莢を大切にしている、ということもなく、すぐ、友人にあげてしまい、その後のことは、なにも聞いていない。

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