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096「聖火」

 灰皿におとされた聖火を、貪るものはなく、あなたは、わたしの鳥の首を締めている。それが遠い昔からつづく、団欒のひとかけらであるかのように。鳥はオルガンのような声をしぼりだし、床板のしたで、赤い服を着た幼女が、毒のある蛙に変化してゆく。


 磁場に睾丸をくわえこまれたまま、わたしは学童保育所で、氷を食べたことをおもいだす。金色の紙を独楽に貼りつける、回転のうつくしさを、わたしは、薔薇の孤独にすりかえて、ひとり、ほほえんでいる。暗黒の夕立。稲妻が、青白い電柱に落下する。あなたは、稲妻の言語を通訳する。墓を洗え、墓を洗え。母の群れを放牧せよ。あなたは扇子をひらき、麻婆豆腐を中空に浮遊させる。その度に、大皿の唐草模様がよく見え、刹那、また隠蔽される。


 不変のあなたに、一杯の抹茶が運ばれる。あなたは、うつくしく抹茶を飲む。幾度となく、くりかえされてきたように。わたしは、ちいさな爆弾を持っている。あなたも、それに、気がついていないだろう。だが、あなたも、ちいさな爆弾を持っている。わたしが、あなたの黒い外套に、忍ばせておいたのだ。ちいさくとも、内部で原子が反応する構造なので、すくなくとも、わたしたちの住所は、しばらく、世界から消えるだろう。経験したことのないほどの幸福が、わたしたちが気化しても、この場所に、のこりつづけるだろう。


 あなたは、手を真横へ一閃し、1匹の鳥が、床にとびちる。その手には、一粒の受精卵がにぎられている。くらい台所から、硝子の破片がわきだし、その速度はとどまるところを知らず、わたしとあなたは、全身を切り裂かれながら飲みこまれ、遠く、あなたが笑っているのを見る。わたしの爆弾は、どこかへ消えている。ようやく、それが、爆発なのだと気がつく。虚無の街のどこかで、1本の街灯に、名前をつけられる。

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