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毎日散文

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2020年7月の記事一覧

100「パンゲアをはこぶ龍」

100「パンゲアをはこぶ龍」

 林檎をかじる。雨の湿気が腐食をすすめてゆく。林檎を出してくれた男は、自転車屋の息子で、わたしの幼なじみである。口数はすくなく、一本の錆びついた刀を持ち、果物屋の未亡人を愛している。趣味であつめている赤い花は、珍しいものばかりである。刀とならべられるほどの痩身をゆらし、そのうちに、激しさとせわしなさを秘めている。

 街から、人が消えてゆく。大陸が、分離してゆく前からそうであったように、1匹の龍が

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099「洗濯機のなかで」

099「洗濯機のなかで」

 青い闇に満ちた洗濯機のなかで、馬術にあこがれる幼い少年が殺される。すべてが静止する11月の某日に、少年は、ねじれたまま、月のように、ふくれあがってゆく。くりかえし青い夢をみる。少年は、盲目のまま生まれ、海の香りだけを知っている。

 母たちが、猿のように笑っている。不具の子を洗濯機に押しこむ様子が、母たちに中継されている。乳房から一滴の母乳がこぼれ、少年の家の庭に、蛇苺に似た植物が生いしげりはじ

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098「魔境の春」

098「魔境の春」

 火山の麓の村で、呉服屋を見つける日は、人々の消える、静かな春の日だ。紺色の反物ばかりがならぶ、せまい店の奥で、白髪の男が、ちいさな盤を弄んでいる。どこで見かけたこともない、銀色の盤に、畳針のようなものが、林のように、群れをなして立っている。呉服屋の窓から、葬列が見える。ふるい活気の香りが、黒ずんだ壁や床に染みている。

 魔境と呼ばれる村で、わたしの両親が生まれたのだということを、羊皮紙の手紙が

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