【OD】薬を100錠以上飲むとどうなるか②

はじめに

 ※この記事はOD(オーバードーズ)(薬の多量摂取)や自殺を推奨するものではありません。薬は用法用量守って正しく飲みましょう。

 数ヶ月前、死のうと思って病院からもらった薬を100錠以上のみ救急搬送されました。薬を多量摂取してしまって私がどうなったかなどを描いていこうと思います。

以下の記事の続きです。今回は病院の様子や家族、友達の反応等を書いていこうと思います。

救急救命センター

目覚め

 救急救命センターで目を覚ました。広い空間で、カーテンはあったが閉まっていなく、オープンな感じだった。ベットは10くらいあったかな?数えようと思ってたけど忘れちゃった。でも隣の人とは大きめの声を出さないと会話出来なそうな感じの距離感だった。つまり、かなり広い病室だったってこと。病室には常に看護師さんが何人もいて、病室を出ると看護師さんの机とかが置いてある部屋で、病室と繋がっている感じだった。トイレとかはそっち側にあった。
 起きたら体からいろんなコードが出ていた。左腕に点滴、右手の指先に何かの数値を測るクリップ、胸やお腹にカラフルなコードが三本、全部で五本の線が体から出ていた。それらのコードは頭の上?後ろ?の小さなモニターについていた。ドラマで人が亡くなるとき折れ線がまっすぐになってピー――――ッ……ってなるみたいなやつ。コードは四本私に繋がっていたのに、モニターの折れ線波線と数字は三つしかなくて、「?」と思っていた。トイレに行くたびコードを外さなきゃいけなくて、最初は看護師さんがつけ外ししてくれたけど、途中から自分でやるようになった。指先のクリップが外れると音がなるようで、でも動き回ると簡単に外れるからびびっていた。
 病室の他の人はすごく重篤そうで、私はピンピンしてて元気だったから、どうしてこんなにいろんな線が体につけられてるのか疑問だった。点滴も、外れてからも、針のチューブ?は腕につけっぱなしにしなきゃいけなくて、嫌だった。外して欲しかったけど、体調が急変したときにすぐに点滴できるようつけっぱなしにしておく必要があるとのことだった。体にずっと針が刺さっているのが怖かった。少し痛かった。
 夜はカーテンを閉めてもらえて、病院だから九時消灯強制お休み真っ暗かと思ってたけど、「電気消します?もう少しつけとく?」って看護師さんが聞いてくれて、自分のスペースだけ明るく出来て過ごしやすかった。昼もカーテン閉めさせてくれれば良いのに、と思った。

行方不明の朝ご飯

 目が覚めて、ぼーっとしてたら周囲の看護師さんが「りんこさんの食事は?」みたいにザワザワしだした。「りんこさんの朝ご飯ってまだ来ませんか?」「まだですね……」という感じで、なぜか私の朝食が行方不明になっているらしかった。「ごめんなさいね、お腹すきましたよね……」と謝られつつ朝ご飯を待っていたのだが結局来ず。どうやら同じ名字の人が同じ病室にいたらしく、その人のところに運ばれてしまったらしい。その人のところにはもともとご飯が来る予定ではなかったため私の朝ご飯は返されてしまったらしい。看護師さんにめちゃめちゃ謝られた。そんなに謝らなくていいのに……と思っていた。「お金とか持ってきてないですよね……どうしましょう……あ、ペイペイとかやってます?」と聞かれた。幸いペイペイをやっていたので看護師さんとローソンに行って朝ご飯を買うことになった。「なんでも好きなもの買ってくださいね!」と言われたので「じゃあからあげクン食べてもいいですか!?」と聞いたら「さすがに入院一食目で唐揚げはちょっと……」と止められた。なんでも好きなの買って良いって言ったやん!!
ローソンからの帰り道、看護師さんが買った物持ってくれたりして気が引けた。病院食はあまり好きではないのでむしろラッキーだった。

病院で一番つらかったこと

 入院生活で一番つらかったこと、それは、スマホを使えなかったこと!!!!!!!!!
 
現代人のスマホ中毒に三日間スマホ禁止はきつすぎる。救急救命センターということで、なんだか複雑そうな機械が病室には沢山ありスマホの使用が禁止されていたのである。超つらかった。マジで。
 そこでさっきの朝ご飯行方不明の件に繋がるのだが、ペイペイを使うために、ローソンに行く間だけ一時的にスマホを返してもらえたのだ!やったー!この隙に、いろんな人に「ごめんなさい生きてます」的な連絡をしまくった。
 生粋のツイ廃なので、ツイートしたくてしょうがなく、絵を描くために持ってきてもらったノートにひたすらツイートを書いていた。まあ日記的な感じ。三日で5ページ書いた。そのノートを見つつこのnoteを書いている。

かかったお金

 入院が緊急のものだったので、諸々そろった入院セットみたいなのを購入し(使わないものも多かったが)、入院着のレンタルなどもし、三日間の入院で約10万円ちょっと吹っ飛んだ。びっくりした。そしてODしたことを後悔した。後悔するポイントがお金なのが悲しい。でも高額医療制度的なので、2~3万円以上は払わなくて良くなり、残りはあとから戻ってきた。そして入院1日につき1万円の保険に入っていたので三日入院で3万円もらえた。なのでかかったのは親が私のもとへ来る交通費などそのくらいな気がする。

周囲の反応

家族の反応

 母親からは何を言われたかあまり覚えていない。母親と一番話したから、色々話しすぎてあんまり覚えていない。「あなたはまだ若いんだから」とか「私の方が惨めだよ、それに比べてあなたは未来があるでしょ」とか「いろんな道があるんだからね」とか言われた。母親は色々言いたいこと飲み込んで私の意見を優先してくれた。
 姉からは色々と厳しいことを言われた。泣きながら怒られた。「何したか分かってる?」「母親の気持ちも考えて大事にしろ」「もうしないって約束して」等々言われた。けどあまり納得いっていない。「約束はできない」って本心いったら実家に帰らされるから当然言えないし、どうして怒られなきゃいけないんだろうって思った。私悪いことしたかなって。自殺未遂って悪いことなん?
 父親には会いたくないって言って電話で話した。俺だって大変なんだぞ的な愚痴や的外れな励ましをされた。

友達の反応

 私が薬でぽやぽやしているときに電話してきてくれた友達は、私との電話の後で私が書いてアップロードした遺書を見つけたらしく、泣いたと言っていた。「あの遺書は罪です。背中に刻み込め」と言われた。また結構後に「鬱の人とは関わらない方がいいって思った」とも言われたが、今も遊んでくれている。ありがたいことだ。
 また、ODした1~2週間後にミュージカルを友達と見に行く約束をしていて、「ミュージカル行く約束してたのにODしてごめんなさい。〇〇が良かったら行きたいけど、断ってくれてもいいです」と謝罪したが一緒にミュージカル行ってくれたし、今も遊んでくれている。ありがたし。
 他の友達はそんなに事を大きくとらえないでいてくれた。普段私が死にたい死ぬ死ぬ言っているのを知っているからだったり、ODしたくらいじゃ死なないってわかってるからだと思う。

さいごに

 ①②と続きましたが、これで大体書きたいことは書けたかなという感じです。繰り返しますが、この記事はODを推奨するものではありません。相当量飲まないと死ねないし、部屋はゲロまみれになって下手したら胃洗浄で苦しんだり、後遺症が残る可能性もあります。みんなは薬は用法用量守って正しく飲みましょう。ODしないと耐えられない状況になって苦しむ人もいるかもしれないけど、他の代替行動を見つけましょう。寝逃げするとかさ。とにかく薬は用法用量守って飲みましょう。
 読んでくださってありがとうございました。もしなにかこの件について書きたいことを思い出したら追記します。では、また。

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